宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 39, 2022

一般演題 3

18. ラット骨格筋における加速度センシングと運動効果獲得の関係

増澤 諒,小林 与毅,清水 純也,河野 史倫

松本大学大学院健康科学研究科

Relationship between acceleration sensing and adaptive responses of skeletal muscle to exercise in rats

Ryo Masuzawa, Tomoki Kobayashi, Junya Shimizu, Fuminori Kawano

Graduate School of Health Sciences, Matsumoto University

【背景および目的】 重力の物理パラメータは加速度である。重力の存在する地球上では姿勢や位置変化に伴いモーメントが生じる。このようなモーメントは重量による負荷とは異なり,個々の細胞レベルで均等に発生し力学的負荷となる(運動の第二法則)。身体機能を維持・増進するために習慣的な運動は有効であるが,国際宇宙ステーションに長期滞在した宇宙飛行士の骨格筋量データからは,運動トレーニングを実施したにも関わらず深刻な筋萎縮を誘発する宇宙飛行士がいることも示されている。地上と宇宙での運動効果の相違を明らかにし,宇宙滞在中における効率的な運動方法開発するためには,重力が運動効果獲得にどのように寄与するのか解明する必要がある。そこで本研究は,全身振動によって生じる加速度がラット後肢筋の走運動トレーニング効果獲得に及ぼす影響ならびに加速度センシング経路を明らかにすることを目的として実施した。
 【方法】 実験1:4週齢のウィスターハノーバー雄ラットにPOWER PLATEを用いた全身振動(35Hz, 5mm振幅,10分/日,5日/週)を実施した。8週間後,半数のラットは30分間のトレッドミル走運動を行い,2時間後に足底筋とヒラメ筋をサンプリングした。これらの筋サンプルから総RNAを抽出し,運動によって発現増加する遺伝子の発現応答変化を調べた。実験2:9週齢の雄ラットを運動群と運動+全身振動群に分け,6週間のトレッドミル走運動(60分/日,5日/週)を実施した。運動+全身振動群は運動前後に全身振動負荷を毎回実施した。実験3:9週齢の雄ラットにアルサニル酸の内耳注入による前庭破壊を行った。処置2週間後から実験2と同様の運動を4週間実施した。
 【結果】 実験1:全身振動負荷のみでは身体組成(体重,筋重量,内洞脂肪重量)には有意な変化は認められなかった。急性運動に対する遺伝子発現応答は,全身振動したラットの足底筋で有意に低下し,ヒラメ筋では全身振動による影響は見られなかった。実験2:運動群では体重低下に伴い後肢筋重量も低下したが,運動+全身振動群では後肢筋重量が有意に増加し体重低下は起こらなかった。実験3:前庭破壊したラットでは運動トレーニングによる筋重量低下が特に足底筋において顕著に進行した。
 【考察】 以上の結果から,全身振動のみでは骨格筋形態には変化は起こらないものの,運動と組み合わせた場合に相乗効果が起こることが分かった。運動に対する遺伝子応答生変化がその原因のひとつと考えられる。また前庭破壊により運動効果に負の影響が生じたことから,骨格筋の運動効果獲得には前庭器官による加速度センシングが重要であることが示唆された。