宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 35, 2022

一般演題 2

14. 閉鎖環境下における社会と行動―宇宙霊長類学という学際的アプローチ試論

田島 知之1,佐藤 啓明2,大上 耕平3

1京都大学宇宙総合学研究ユニット
2京都大学大学院総合生存学館
3京都大学 工学部 物理工学科

Society and Behavior in a Closed Environment:A Interdisciplinary Approach

Tomoyuki Tajima1, Hiroaki Sato2, Kohei Oue3

1Unit of Synergetic Studies for Space, Kyoto Universitye
2GSAIS, Kyoto University
3Faculty of Engineering, Kyoto University

【目的】 各国による有人宇宙開発が進展し,民間企業の参入も進む現代では,人類の大規模な宇宙移住も少しずつ現実味を帯び始めてきた。これまでISSには6名の宇宙飛行士が暮らすことで小社会を形成してきたが,将来,月や火星に基地が建設され,100名を超えるような「宇宙社会」が構築される時代が到来した後には,その社会の内部でどのような課題が起こりうるのだろうか。これまで実践されてきた唯一の直接的検証は,バイオスフィア2やミニ地球といった閉鎖環境実験である。これまでの閉鎖環境実験は2〜8名の被験者について長くても2年間の規模で実施されてきた。より長期,より多くの人数が閉鎖環境に置かれた際の行動や社会関係の変化の予測はどのように行えばよいのだろうか。人類(ヒト)は生物学的には霊長類の一種である。私たちは,長期的に飼育されてきたヒト以外の霊長類についての研究知見を応用し,宇宙社会が直面する社会的課題について予測を与えるという新たな学際的アプローチを提案したい。
 【方法】 これまでに発表された文献から,飼育下霊長類と野生霊長類の社会関係を比較し,飼育下で特徴的に起こる社会的課題を抽出する。また,南極基地や閉鎖環境実験についての知見もまとめることで,霊長類の知見と合わせて宇宙における人類の社会生活がどのような影響を受けるのかについて考察する。
 【結果・考察】 飼育下霊長類の研究から,霊長類は閉鎖された密集状況でケンカの頻度がさほど増えないものの,ストレスレベルが上昇していることが指摘されている。飼育下のブタオザル集団では,ケンカが起きた際に第三者が介入して止めることが集団内の社会的交流を維持するために極めて重要であることが報告されている。また,飼育下のチンパンジーでは,野生下より採食時間の低減が見られる一方で,仲間との社会的交流にあてる時間が増加し,コミュニケーション手段である双方向に行われる毛づくろい行動が野生に比べて増える。霊長類の大脳新皮質割合から予測できる社会規模はダンバー数と呼ばれ,ヒトでは150名とされる。これを超える集団では安定した社会関係が維持できないと理論的に予測されているため,集団の分割が必要となるかもしれない。
 【まとめ】 長期飼育下にある霊長類ではストレスは高まっており,内部の社会的交流を維持するためには,対立を積極的に管理する行動「コンフリクトマネジメント」の存在が重要となる。