宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 33, 2022

一般演題 2

12. 宇宙での出産シナリオによる周産期リスクマネジメントの検討

中村 枝利香1,3,中村 俊一郎1,長田 久夫2,3

1慶應義塾大学医学部 小児科学
2千葉大学 大学院生殖医学
3ファミール産院きみつ

Perinatal risk management study based on space birth scenarios

Erika Nakamura1,3, Shunichiro Nakamura1, Hisao Osada2,3

1Keio University, Department of Pediatrics
2Chiba University Hospital, Reproductive Medicine
3Famile Maternal Clinic Kimitsu

【目的】 2021年現在,商業宇宙飛行が始まり,人類が宇宙へ移住する時代が近付いている。宇宙での安全な出産という課題のために,これまで動物研究は行われてきた。しかし,人間の母子に与える影響は未だ不明である。近年,民間企業が2024年に妊婦を400 km上空に打ち上げ,世界初の宇宙船内での出産プロジェクトを計画し注目を浴びた。宇宙での出産は懸念される母子の健康被害のリスク評価を行い,準備すべき医療環境や人材の配備,倫理的な問題を解決する必要がある。そこで前述のプロジェクトを基に架空のシナリオを設定し,起こりうる周産期リスクや課題を産科/小児科の視点から考察する。
 【方法】 オランダのSpaceLife Originのプロジェクト“Mission Cradle”に基づき,次のシナリオを想定した。 <30歳女性,G2P2,既往歴なし。ロケット打ち上げ時期に合わせて計画的に凍結胚を解凍。胚移植により妊娠成立。その後の妊娠経過に問題はない。妊娠37週で地球を離陸。地上400 kmの国際宇宙ステーションへドッキング後,宇宙船内で出産。経過に問題がなければ出産後4日で帰還。>
 【結果】 シナリオ全行程を3つのphaseに分けてリスク評価し,解決すべき問題を産科/小児科で検討した。3つのphaseは,<phase 1>ロケット打ち上げから予定の軌道に到着するまで,<phase 2>宇宙船内での出産開始から胎盤娩出まで,<phase 3>産後から地球への帰還まで,とした。phase 1では打ち上げで発生する加速度が母体,胎児に与える影響,phase 2では無重力空間での分娩や新生児蘇生における課題・緊急帝王切開を要する場合の対応,phase 3では無重力空間での母子の愛着形成の課題,地球への帰還時に産後の母体,新生児に与える影響を主に検討した。
 【考察】 宇宙での出産は,妊娠/出産経過と,打ち上げから地球帰還までの行程が組み合わさるため,想定シナリオを用いたphase分類によって,医療者が周産期リスクを細分化し課題を検討しやすくなった。今後,細分化されたリスクを医療職のみならず,技術開発者や宇宙飛行士など多職種が連携して分析する事が重要である。また, 宇宙での安全な出産のため,周産期ガイドラインの作成,無重力下の医療者手技トレーニングが必要である。
 【まとめ】 人類が宇宙で安全に出産するためには,周産期リスクマネジメントが不可欠である。想定シナリオはphase毎に起こりうるリスクを細分化できる点で有用であり,今後は多職種で連携して課題に取り組む事が期待される。