宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 27, 2022

一般演題 1

6. 微小重力がもたらす声の変化と声帯の生理学的変化

川原 彩文1,岡 愛子2,小田 哲史1,䑓 崚1,アバスザデ ダニエル アリヤ1,茅原 武尊1,塩屋 沙季1,清水 凜佳1,山口 修平1,山下 雄大1,黒坂 優子1,長野 友香1,村上 純一1,田中 達也3,黒住 献4,瀧澤 玲央5,前田 剛志5,堀口 淳4

1国際医療福祉大学
2国際医療福祉大学成田病院 耳鼻咽喉科
3国際医療福祉大学成田病院 脳神経外科
4国際医療福祉大学成田病院 乳腺外科
5国際医療福祉大学成田病院 血管外科

Changes in vocal characteristic and physiology of vocal cords brought about by microgravity

Ayami Kawahara1, Aiko Oka2, Satoshi Oda1, Ryo Dai1, Abbauzadeh Daniel Ariya1, Takeru Kayahara1, Saki Shioya1,Rinka Shimizu1, Shuuhei Yamaguchi1, Yudai Yamashita1, Yuko Kurosaka1, Yuka Nagano1, Junichi Murakami1,Tatsuya Tanaka3, Sasagu Kurozumi4, Reo Takizawa5, Koji Maeda5, Jun Horiguchi4

1International University of Health and Welfare (IUHW)
2IUHW Narita Hospital, Otorhinolaryngology
3IUHW Narita Hospital, Neurosurgery
4IUHW Narita Hospital, Breast Surgery
5IUHW Narita Hospital, Vascular Surgery

【目的】 宇宙という微小重力環境下での人体に起きる代表的な変化として,顔面浮腫やSANS(Spaceflight-Associated Neuro-Ocular Syndrome)など,体液シフトや下肢筋の筋力低下を引き起こす筋萎縮が挙げられる。今回,このような微小重力による人体の変化を音声医学的観点から捉え,声帯に関連する変化に焦点を当てることを考えた。発声時の音響分析や喉頭所見などの他覚的評価尺度,声の出しづらさなどの自覚的評価尺度の二方面から体内シフトの影響の有無を調査することで,微小重力下での体液シフトについて新たな見解が得られると考え,声帯に関する実験を提唱することとした。
 【背景】 地球上で人体は1 Gの重力により血液や体液が下半身に集約,心筋ポンプ作用や下肢の血管収縮などが体液を上半身に押し上げ体液バランスを調整している。しかし微小重力下では,重力による下向きベクトルの体液の集積が起きず,上向きの体液集積が起こるとされ,これにより顔面浮腫とバードレッグが一時的に起こるとされてきた。この上向き体液シフトの可視化は顔面浮腫などを例に挙げられてきたが,それ以外の頭頸部周囲の臓器への影響について多くは未だ不明瞭である。また声帯の変化について,地上では加齢や声を使わないことにより声帯筋のやせが生じ,声帯溝症や声帯萎縮の症状として現れるが,筋萎縮が微小重力下での声帯筋にまで及んだ場合,これらの疾患と同様,声の掠れや出しにくさが出る可能性がある。
 【方法】 国際宇宙ステーションに一定期間滞在する人々を対象に,離陸前,離陸後1週間時点,順応期,地球帰還後で声帯の所見と音声データの評価を行うことで音声の変化の有無を調査する。具体的な評価項目として,喉頭所見,聴覚心理的検査(GRBAS尺度),発声機能検査,VHI(Voice Handicap Index)などの実施を提唱する。この実験の問題点としてはISS内における喉頭ファイバー実施者の技術取得,音声データ録音時の騒音・ノイズなどがある。また現在,実臨床においては個室内で患者と対峙し直接声を評価する方法をとっているが,今回の提案としては録音データを評価する形式をとる。この聴取環境の違いが,音程の変化や粗?性・気息性などの細かい声の性質を判断する上で支障となりうる可能性があるということも挙げられる。
 【結語】 今後拡大していく宇宙産業の中で,宇宙という微小重力環境における人体の変化を,新たに音声医学的視点から捉えることを提案した。宇宙環境における音楽文化も含め,今回の我々の提案により,「声」という主観的にも客観的にも変化を観察できる新しい指標を以って微小重力下での体内の変化を目の当たりにすることができれば,今後の宇宙医学並びに人体の生態生理の解明に一翼を担う可能性がある。