宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 26, 2022

一般演題 1

5. 有人宇宙活動における心肺蘇生率向上に向けた課題検討

林 誠一1,黄 世捷2

1聖マリアンナ医科大学医学部医学科
2聖マリアンナ医科大学 循環器内科

Research on issues to improve the cardiopulmonary resuscitation rate in human space activities

Seiichi Hayashi1, Seisyou Kou2

1St. Marianna University School of Medicine, Faculty of Medicine
2St. Marianna University School of Medicine, Division of Cardiology, Department of Internal Medicine

【目的】 JAXAによる5年毎の宇宙飛行士候補者募集や,NASAのArtemis Program,Space X社の人類の火星移住など,人類の宇宙進出は加速しており,月や火星での探査を含む有人宇宙活動が見込まれる。月や火星での有人宇宙活動では,通信遅延により,地球上から迅速な支援を受けることは困難である。それを踏まえ,JAXAは有人宇宙活動において予想されうる宇宙医学/健康管理技術課題として心停止時の宇宙飛行士による自律的な心肺蘇生法(CPR) を挙げている。本発表では,宇宙での最適なCPR 確立に向け現状の課題を明確化し,その解決のため検討を行った。
 【方法】  「PubMed」「J-STAGE」「Google」を用いて,以下の検索ワードを用いて文献を収集した。「CPR space flight」「ITD CPR」「NASA ISS medical Emergency Manual」「ACD CPR microgravity」(検索日2021年9月28日)。検索結果を検討し,明らかに趣旨と異なる文献は除外し,宇宙でのCPR における課題,地上でのCPR において有効な手段と考えられるACD,ITD を検索に含めた。
 【結果】 微小重力環境下で有効性が期待されるCPRは以下の5つである。@ 拘束CPR 法,A リバースベアハグ(RBH)法,B 逆立ち(HS)法,C Evetts-Russomano(ER-CPR)法(Hinkelbeinら 2020年),D Mackaill-Russomano(MR CPR)法(Mackaillら 2015年)。初期の有人宇宙飛行での蘇生法は実用的ではなかったことが示されている(Nowadly 2019年)。
 微小重力環境下での最初のBLSは,ER-CPR法(Hinkelbeinら)が推奨されているが,技術的に難しく,十分な効果を得るために訓練を要する(Russomanoら 2017年)。微小重力環境下でのCPRは救助者と傷病者の体幹を補助ベルトで固定するか,逆立ち(HS)法で胸骨圧迫する必要がある(Hinkelbeinら)。CPRに用いるデバイスとしてCardio pump に代表されるActive Compression-Decompression(ACD)が蘇生率向上に貢献したと報告されている(Shultzら1994年)。ACDに加え,impedance threshold device (以下ITD)を併用することで,生存率および神経学的予後の改善が得られ,(Sugiyamaら 2016年) NASAでも「ResQPOD」が採用されている。ACD,ITDに加え,頭部挙上でのCPRによる傷病者の神経学的予後改善が報告された(Ryuら 2016年)。
 【考察】 微小重力下でのCPRは難易度が高い。また地球上で有効とされているデバイスも同様に有効か,使用可能か十分に検討されていない。NASA ISS medical Emergency Manual(2016年) において,AED ASSISTED CPRは行われているものの,ACD,ITDは含まれていない。近年,微小重力環境においてもACD-CPRは同様の効果が確認された(Withrow 2015年)おり,ITDおよびACD-CPRは宇宙での蘇生成功率の向上に寄与すると期待される。Cardio pumpを用いることでCPRが適切に行えているか客観的な把握も可能である。人工重力モジュールが実現すれば(Holderman 2011年,Norsk 2015年),頭部挙上が微小重力環境でも可能となる。ITDを用いたACD-CPRに頭部挙上を併用することで,宇宙での質の高いCPRの実施,ひいては心肺蘇生率向上が期待される。
 【結語】 ACD-CPRの実験はWithrowらがNASAの低重力教育飛行プログラムと協力し,微小重力環境下にて行われたが,微小重力環境下でのITDを用いたACD-CPRについては検証されていない。今後はNASA の低重力教育飛行programを含めたparabolic flightを行う機関や企業と協働し,微小重力環境下でのITDを用いたACD-CPRの検討が必要である。