宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 19, 2022

シンポジウム 5

高ストレス環境における健康と栄養を考える〜宇宙食に学ぶ栄養管理

宇宙食の知見を活かした産業職場の健康管理・栄養指導

暮地本 宙己

東京慈恵会医科大学 細胞生理学講座 宇宙航空医学研究室

Perspectives of the occupational health management and nutritional guidance utilizing the knowledge of space food research

Hiroki Bochimoto

Division of Aerospace Medicine, Department of Cell Physiology, The Jikei University School of Medicine

1961年,ソ連ボストーク1号に搭乗したガガーリン少佐による世界初の有人宇宙飛行が成し遂げられた時,その飛行時間は1時間48分であり,飛行中に食事をとることはなかった。それから60年が経過した現在では,1年をも超える長期宇宙滞在が増えている。さらに宇宙産業全体の構造も変化しており,2020年,イーロン・マスク氏率いるスペースXが,国際宇宙ステーション(ISS)への民間初の有人宇宙飛行を実現させ,2021年7月にはヴァージン・ギャラクティック創業者のリチャード・ブランソン氏や,ブルーオリジン社のジェフ・ベゾス氏が相次ぎ宇宙飛行を行うなど,民間宇宙飛行が急増している。このために宇宙での健康管理への訴求性が強まっており,中でも宇宙での食は,健康維持・疾患予防の中核的要素として,その重要性を増している。
 宇宙と同様に,地上の産業職場での労働者の健康管理を考える場合においても,健康を維持し生活習慣病の発症を予防するために,産業保健活動における食事・栄養指導の重要性は高い。しかし,その指導方法・内容については確立されている部分が多く,産業医実務においては,食事・栄養指導について踏み込んで考察する機会はさほど多くないように思われる。
 そこで本発表では,微小重力や放射線(宇宙線),船内閉鎖環境という特殊な条件下にある宇宙環境に対応して,栄養状態や免疫力の改善,心理ストレス緩和などを視野に開発されてきた宇宙食の歴史的経緯や,宇宙での食と健康の関係について,これまでに明らかにされた知見や研究内容を紹介する。これらの観点から,地上の産業職場における栄養指導・健康管理に対して新たな切り口で考察を深め,産業医実務の改善に役立つヒントを得たいと考えている。