宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 15, 2022

宇宙空間や月で行う医療の可能性〜生理学的要因から考える宇宙医療〜

倉住　拓弥^1,2,3，岩�普@賢一³

¹Department of Neurology and Neurotherapeutics, University of Texas Southwestern Medical Center
²Institute for Exercise and Environmental Medicine, Texas Health Presbyterian Hospital Dallas
³日本大学医学部　社会医学系衛生学分野

The bench to exploration medicine:topic in space physiology

Takuya Kurazumi^1,2,3, Ken-ichi Iwasaki³

¹Department of Neurology and Neurotherapeutics, University of Texas Southwestern Medical Center
²Institute for Exercise and Environmental Medicine, Texas Health Presbyterian Hospital Dallas
³Department of Social Medicine, Division of Hygiene, Nihon University School of Medicine

現在NASAが提案している国際宇宙探査 「アルテミス計画」は，有人月面着陸・ゲートウェイ（月周回有人拠点）計画などを通じて，月や宇宙空間での人類の持続的な活動を目指すというロードマップが掲げられている。月や宇宙空間で人類が持続的に活動するためには，人体の生理学的変化や疾病の早期発見と医療行為の実施に向けて，宇宙医学の知見の集積が求められる。その予防対策や医療行為に対する研究は，地上での先進医療研究との関連も強く，宇宙医学へ応用できることが期待されている。宇宙で医療を行う際の主な課題の一つに，生体情報を簡易的かつ非侵襲的にモニターできる「テレメトリーデバイス・ウェアラブルデバイス」の発展が挙げられる。長期（6か月以上）の宇宙滞在は，心房細動のリスクの一つである左房拡大を有意に引き起こすことが知られている（Circ Arrhythm Electrophysiol. 2018;11:5）。そのため，宇宙滞在中の心電図モニタリングが有用と考えられるが，従来のホルター心電図より簡易的かつストレスのかからないデバイスが理想的であり，近年はパッチ型ホルター心電図が宇宙医学実験に応用されている。より簡易的なデバイスの代表として，Appleが開発した多機能な腕時計（Apple Watch）の心電図解析機能は，臨床的にも診断の精度が高いことが報告され（N Engl J Med. 2019;381），今後の宇宙医療においても重要なデバイスの一つになり得る。心電図以外の循環指標のモニタリングでは，photoplethysmogramを用いた血圧波形解析の研究が進められている。NASAや米軍の研究において，出血，低血圧，敗血症，気胸，熱傷などの診断に有用であることが報告されている（npj Microgravity. 2019;5:29）。近年注目されている長期宇宙飛行による視力障害の対策には，簡易的な眼圧測定方法や頭蓋内圧の測定方法の確立が必要と考えられる（npj Microgravity. 2020;6:7）。我々は血圧波形と脳血流波形から頭蓋内圧を推定する方法を宇宙医学研究に応用してきた（NPJ Microgravity. 2018;2;4）。このように生体から非侵襲的に取得できる生理学的波形解析の研究は今後も発展が期待される。また，宇宙で医療を行う際には，地球との交信に基づく「遠隔医療」システムの構築も重要である。米国では「遠隔医療」システムを集中治療医学に応用したtele-ICUシステム構築が普及しており，患者の転帰の改善に効果を示すことが報告されている（J Intensive Care Med. 2018;33:7）。医療従事者の確保に制限が予想される長期の宇宙滞在に対しては，これらの技術および知見は有用と考えられる。これまで，我々の研究チーム（日本大学医学部衛生学分野）は実際に国際宇宙ステーションと交信を行い，医療面接（J Physiol. 2021;599:4）や生体データ測定を実施してきた。その際「通信の遅延」や「通信の途絶時間」といった課題に直面したが，これらは月やさらに遠隔の宇宙探査においても課題の一つに挙げられる。医療従事者の十分な確保が困難な月や遠隔の宇宙探査では，「ロボット医療」や「AI（人工知能）」の導入が有用と考えられている。「手術用ロボット（da Vinci）」を用いた手術は日常診療でも急速に普及し，宇宙医学への応用も現実的であると考えられている。また，手術のための全身麻酔においても，ロボットおよびAIを応用した医療が期待され，臨床試験も行われている。これまでの生理学的知見の集積と，新たに生じる課題に対する研究が，今後の更なる宇宙探査の発展には必要不可欠である。