宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 14, 2022

シンポジウム 3

月社会における医学・ライフサイエンス分野の取り組み

国際宇宙探査に向けた宇宙放射線環境計測と放射線防護について

永松 愛子

宇宙航空研究開発機構 研究開発部門

Space Radiation Measurement and Protection toward International Space Exploration

Aiko Nagamatsu

Research and Development

国際宇宙探査に伴う重点課題のひとつである「宇宙放射線」について,国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」打上からの長年にわたる宇宙放射線計測の実験成果,成果に基づく生物影響実験および遮蔽材料の研究概要について報告を行った。また「宇宙放射線」は,有人宇宙探査においても,宇宙飛行士や搭載生物試料等への被ばく,とくに白内障や放射線急性障害,低線量長期被ばくへの影響が健康リスクとして挙げられる。無人探査においても,多くの民生部品を用いた民間主導の小型衛星ミッションや衛星コンステレーション計画が検討されており,放射線耐性や電子部品への長期飛行による影響も課題である。
 現在,JAXA POC(Point of Contact)として私が担当しているGatewayの宇宙天気および宇宙放射線計測研究の動向や,2024年に打上予定の火星衛星探査機計画(MMX)に搭載する惑星空間放射線環境モニタIREM(Interplanetary Radiation Environment Monitor)の開発状況についても紹介した。
 2024年の建設開始予定のNASA主導の月ミッションAltemis計画の被ばく管理について,米国放射線防護測定審議会NCRPおよび国際放射線防護委員会ICRPの勧告をもとに,NASAが検討する確定的影響のための「評価量」に用いるべき単位,遮蔽設計の妥当性,被ばく管理の基準となる機器や被ばく管理規定案が,国際間で調整されている。並行して,日本の強みのある分野で,月・火星探査に積極的な貢献をする研究開発も進められている。その一環として,2021年度打上予定の月周回軌道ロケットSpace Launch System(SLS)1号機に搭載される日本の月着陸超小型探査機OMOTENASHIには,JAXAが開発したD-Space超小型能動型線量計が搭載され,日本初の地磁気圏外の宇宙放射線環境の計測機会となる。
 Altemis計画の月近傍有人拠点Gateway初期利用フェーズでは,宇宙放射線・宇宙天気/ダスト/アストロバイオロジー/船内微生物環境等の9つの重点課題分野が設定されており,Gateway構成機関(NASA, ESA, CSA, JAXA)を中心に研究方針および必要機器の検討が開始されている。Gateway船内の環境線量およびサイエンスに必要な物理量,宇宙飛行士の被ばく管理等に必要な線量計測評価をサポートする要求仕様に十分合致した各局の線量計を搭載する,宇宙放射線環境計測国際共同ミッションIDA(Internal Dosimeter Array)が承認され,JAXAが開発した線量計D-Space/PADLESを搭載する。
 2024年に打上予定の火星衛星探査機計画(MMX)は,火星衛星フォボスとダイモスを観測し,土壌サンプルを採取して地球に帰還することを目指す。衛星搭載機器のひとつとして,火星環境放射線の300 MeV/nまでのエネルギースペクトルを計測する惑星空間放射線環境モニタIREM(Interplanetary Radiation Environment Monitor)が搭載される。これらの国際宇宙探査ミッションを通し,宇宙放射線の様子を定常的に把握し,さらに予測を行っていく研究も進めている。
 本研究会では,これまで日本が行った宇宙放射線の生物影響に関する実験の成果や,Gateway等における曝露環境での宇宙放射線計測の長期計画について質問を受け,現在検討されているGateway搭載計画について紹介した。