宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 12, 2022

シンポジウム 2

宇宙社会を目指して:人文社会系からの提言

月の上に人類社会を作る

稲谷 芳文

宇宙航空研究開発機構

Building a human society on the Moon

Yoshifumi Inatani

Japan Aerospace Exploration Agency

人類の宇宙進出という話題において,何を目的に宇宙進出をするのであるかの議論は,科学技術の進展によってもたらされる活動領域の拡大という文脈で語られることも多いが,より長い時間の間には,地球上の環境が人類の生存に適する状態が永久には続かない,あるいは究極には人類のサバイバルという文脈で,その第一歩として,地球外の宇宙空間に持続的な人類社会を作るという営みをする時に,何を用意しておくのがよいか考えておきたい,という動機をもつことは自然なことであろう。
 最近の月や火星の探査の文脈で様々な有人宇宙活動が現実のものとなってくる中で,国際宇宙ステーション(ISS)の次の目標として月における持続的な有人活動の展開を目指して国際協力のプログラムを実行するArtemis計画という試みが進められている。これを更に越えて,探査や技術開発の目的のみならず,上に述べたような人類の将来に向けた,地球外への活動領域の拡大やサバイバルの論理も含めて,現在行われる活動の方向性の議論,および人類の宇宙活動の進む先を指し示すという意味でも,様々な思索をめぐらせておくことは有意義であると考えられる。
 2019年12月にMoon Village Associationが主催する国際学会のホストを担ったサークルを母体にその発展として,サロン的な議論を自由に行う勉強会を構成して,議論の場を運営してきた。この過程で,月の上での社会の構築とでも呼ぶべき人類の持続的活動をする上での課題を抽出するために,まずはある種の思考実験として,リファレンスモデルとでも呼ぶべき社会のモデルを考え,このモデルの描像をすることで,様々な課題を具体的にあぶり出すことが出来るであろうと考えた。
 月における持続的な有人居住や活動のための月資源の活用や生命維持やエネルギおよび物資や人の輸送などと言う技術的な課題の追求にとどまらず,経済活動による価値の創造と自立的な社会の運営,有人滞在に伴ういわゆる人類の機能のエンハンスメントも含めたライフサイエンス的考察,社会を構成し運用するための制度や運営体制の議論などの社会科学的考察,および地球というくびきを離れて生きる人類と言う文脈で議論しておくべき人文科学的あるいは人類学的考察など,広範囲の課題をヒトの活動という文脈で自由に議論できるようなサロン的なプラットフォームを目指している。
 宇宙環境医学の大きなスコープで自由な議論が広がることを期待し,この勉強会での月の上に社会を作るための議論の現状や抽出された課題などについて紹介する。