宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 9, 2022

シンポジウム 1

Space medicine-based health science

宇宙実験による自己免疫疾患誘導メカニズム解析 ―重力,光ゲートウェイ反射の解析―

村上 正晃

北海道大学遺伝子病制御研究所
量子技術研究開発機構量子生命科学研究所
自然科学研究機構生理学研究所

Autoimmune disease induction from the perspective of gateway reflex in space

Masaaki Murakami

Institute for Genetic Medicine, Hokkaido University
National Institutes for Quantum Science and Technology
National Institute for Physiological Sciences

神経系と免疫系はいずれも全身的に作用するシステムであり,相互に影響し合っている。この相互関係の一つにゲートウェイ反射がある。ゲートウェイ反射とは,血液中の自己反応性T細胞存在下において特定の環境刺激が存在することで生じる中枢神経系,網膜などへの自己免疫疾患の誘導メカニズムである。私はこれまでに重力,電気刺激,痛み,光,関節内炎症,ストレスを起因としたゲートウェイ反射を明らかにしてきた。
 重力ゲートウェイ反射は,重力刺激を感知するヒラメ筋の反応を起点として生じ,その後,感覚神経と交感神経のクロストークによりL5背側血管における炎症増幅機構「IL-6アンプ」が活性化される。その結果,ケモカインが当該部位に産生され,免疫細胞の脊髄への侵入口(ゲートウェイ)が形成され,中枢炎症が誘導される。しかし,重力は全身性に影響が及ぶため,既知の重力ゲートウェイ反射の他にも重力に反応する未知の神経回路が存在し,自己免疫疾患誘導に関連する可能性が高い。私はその一つとして網膜に着目した。網膜には光刺激によるゲートウェイ反射があることを既に明らかにしている。強い光刺激が与えられると網膜においてエピネフリンやノルエピネフリンが過剰産生され,網膜血管におけるα1アドレナリン受容体の発現低下が引き起こされ,その結果当該血管部位でのIL-6アンプが抑制され,ぶどう膜炎の病態が抑制される。宇宙飛行士は長期の宇宙飛行後に網膜病変を発症することから,網膜にも重力刺激を起点とした,光ゲートウェイ反射に類似した神経回路がある可能性がある。
 2019年に重力刺激の免疫系への影響を評価するために宇宙空間での実験を実施した。ミエリン特異的T細胞および網膜光受容体特異的T細胞をC57BL/6マウスに移入し,国際宇宙ステーションにて32日間飼育した。地球帰還後,L5と網膜に形成されたT細胞浸潤(ケ?ートウェイ形成)の痕跡を活性化モノサイトの集積として免疫組織化学により検出した。その結果,L5におけるゲートウェイ形成は地上対照群と比較して有意に減少しており,既知の重力ゲートウェイ反射が裏付けられた。一方,網膜,特に視神経乳頭では有意にゲートウェイ形成が促進していた。視神経乳頭でゲートウェイ形成が促進した原因を明らかにするために,T細胞の浸潤について地上で詳細な観察を行った。T細胞は脈絡膜および視神経脇の強膜から浸潤し始めており,T細胞集簇部位ではIL-6アンプが活性化していた。デキストランあるいはアデノ随伴ウイルス(AAV)を静脈内投与することで網膜血管の透過性を評価すると,T細胞非移入マウスにおいてもT細胞浸潤開始部に分布する血管の透過性が高いことが示された。これらの地上実験から,網膜のT細胞集積部の血管は定常状態でも透過性が高く,T細胞浸潤後はIL-6アンプの活性化によりさらに浸潤が亢進すると考えられた。
 これまでの研究により,重力刺激によるゲートウェイ反射の制御機構は組織ごとに異なること,特に網膜においては宇宙環境でゲートウェイ形成が亢進していることが示された。今後各臓器における重力ゲートウェイ反射の詳細なメカニズムの解析を進めることで,重力の存在する地上あるいは無重力の宇宙空間における自己反応性T細胞依存的な各種免疫疾患の誘導機構の理解や,予防・治療法の開発につながると期待される。