宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 7, 2022

シンポジウム 1

Space medicine-based health science

微小重力および加重力によるマウス筋骨格系形成・萎縮の制御

稲田 全規1,2

1東京農工大学大学院 生命工学専攻
2東京農工大学大学院 共同先進健康科学専攻

Effects of Microgravity and Hypergravity on the Musculoskeletal Systems in Mice

Masaki Inada1,2

1Department of Biotechnology and Life Science, Tokyo University of Agriculture and Technology
2Cooperative Major in Advanced Health Science, Tokyo University of Agriculture and Technology

宇宙の微小重力下における長期滞在や地上でのベッドレストによる不動状態は,廃用性の筋萎縮や骨破壊を引き起こす。これらを回避し,運動器としての筋骨格系を維持するには,運動などによる力学的な負荷を与える必要があると考えられてきた。本研究では,重力を変化させた飼育環境下におけるマウスの筋骨格系の変化を解析した。マウスの地上実験における通常重力(1G)と遠心飼育装置による加重力(2G),宇宙ステーション(ISSきぼう)における微小重力(μG)と遠心飼育装置を用いた人工重力(1G)環境下,非加重(非荷重)モデルである後肢懸垂を行い,加重力および微小重力環境による筋骨格系組織への影響を検討した。
 「きぼう」での宇宙滞在マウスにおける上腕骨および脛骨の骨量を解析した結果,宇宙滞在によっていずれの骨量も有意に減少したが,人工重力(1G)環境下では骨量は減少しなかった。一方,地上実験での2G負荷マウスでは,上腕骨,大腿骨,脛骨の骨量がいずれも増加し,骨形成系遺伝子である骨形成タンパク質(BMP)-2などの発現が上昇した。また,非加重モデルである後肢懸垂マウスの解析を行ったところ,下肢骨格筋では筋萎縮初期に筋特異的ユビキチンリガーゼであるAtrogin-1などの筋分解系遺伝子の有意な発現上昇が認められ,インスリン様成長因子(IGF)-1やペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ共役因子(PGC)-1αなど筋形成系遺伝子の発現低下が認められた。一方,地上実験での2G負荷マウスの筋組織では,筋制御系の遺伝子であるミオシン重鎖などの発現亢進ならびに筋分解に関わるオートファジー関連遺伝子の発現抑制が認められ,下腿筋量は有意に増加した。
 本研究により,微小重力環境にある宇宙滞在マウスでは骨量減少が認められ,人工重力(1G)環境下の飼育によって骨量が回復した。一方,加重力としての2G負荷は,骨形成系遺伝子群の発現上昇とともに骨量の増加に関与することが示された。また,非加重モデルである後肢懸垂マウスでは,初期における筋分解系遺伝子の発現上昇,IGF-1などの筋形成系遺伝子の発現低下が廃用性筋萎縮に関与することが示唆され,2G負荷では筋形成系遺伝子の発現亢進および筋分解系遺伝子の発現減少を介して筋の肥大に関与することが示された。これら結果より,重力を伴った自重は筋骨格系の量的な維持において正と負の変化に相関した影響を示す事が明らかとなり,適切な力学的負荷は筋骨格系の制御を正に導くことが示唆された。