宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 2, 127-128, 2021

ニュースレター

3.  各分科会から
宇宙基地医学研究会から:ムーンビレッジ勉強会と月面のレゴリス

泉 龍太郎

日本大学/宇宙基地医学研究会世話人,宇宙惑星居住科学連合担当

 昨年度のニューズレターでもご紹介した,ムーンビレッジ勉強会ですが,その名の示す通り,近未来に月惑星に社会を構築することを目的とし,JAXA宇宙科学研究所の稲谷先生が中心となって,令和2年度も活動が続けられました(表1)。

表1 探査の将来を考える勉強会(敬称略,所属は当時)

日時演者(所属)演題名
1 7月31日 稲谷 芳文(JAXA宇宙研) ムーンビレッジと勉強会のゴール設定
2 8月27日 後藤 琢也(同志社大) 惑星居住を指向した資源・エネルギー開発
岡田 浩樹(神戸大) 宇宙に「社会」をつくる(制作する)こと─文化人類学の視点から
3 9月11日 黒須  聡(横河電機) 「SDGs が拓く宇宙ビジネス」─宇宙開発の人類にとっての意義を考える─
4 10月5日 宮嶋 宏行(国際医療福祉大) 「宇宙に暮らす」をデザインする
5 11月6日 柳川 孝二(航空宇宙学会・宇宙人文社会科学研究会) 「宇宙への人類の取り組み」の過去現在未来─宇宙曼荼羅の世界
清水順一郎(元「宇宙の人間学」研究会) 「月の人間社会」建設に向けたひとつのシナリオと人文社会研究の課題について
6 12月3日 二川  健(徳島大学宇宙食品産業栄養学研究センター) 「宇宙たん白質工場の開発」
寺沢 和洋(慶應義塾大学医学部,JAXA有人宇宙技術部門・客員研究員) 「宇宙放射線被曝線量実測〜宇宙滞在者の見えない命綱〜コロナ禍は疑似宇宙?」
7 1月20日 磯部 洋明(京都市立芸術大学・准教授) 宇宙の人文社会科学の広がり: 人類学・倫理学・科学技術社会論を中心に

 学会員の皆さまには,毎回の会合の案内をご連絡しましたが,本勉強会の資料は,下記のホームページ1)に掲載されています。今年度はコロナ感染症の影響で,全ての勉強会がZoomで開催されていますが,毎回,宇宙飛行士を含めて,100名程度の方が参加され,質疑応答も活発に行われています。この勉強会と宇宙基地医学研究会の繋がりも深く,令和元年度の研究会でご講演頂いた石川正道氏(理化学研究所),内田敦氏(三菱総研),また令和2年度にご登壇頂く予定の秋元茂氏(ミサワホーム),村上祐資氏(極地建築家/特定非営利活動法人フィールドアシスタント代表)はいずれもムーンビレッジ勉強会の講演を機に,研究会での発表を依頼した経緯があり,また今年度の勉強会の講演者の中では,二川健氏(徳島大),磯部洋明氏( 京都市芸大)は以前,研究会でご講演頂いたことがあります。なお各年度の宇宙基地医学研究会の内容については,別途,開催報告を学会誌に掲載しているので,そちらをご参照頂ければと思います。
 今年度のムーンビレッジ勉強会の講演の中で,私が個人的に最も印象に残ったのは第4回で宮嶋宏行先生(国際医療福祉大)が「『宇宙に暮らす』をデザインする」と題されたご講演でした。私自身がこのような話しを初めて聞いた,ということもありますが,その内容は月面,あるいは火星等の宇宙環境に,人間社会の構築を検討する,というものです。その検討内容は,都市計画のようなインフラ整備,生命維持・食料生産,政治・法律,社会生活等,人間生活のあらゆる側面を含み,それを具体的なデータを積み上げて,現実の計画として設計するものです。しかもこのような宇宙での人間社会構築には,何度かコンペが行われており,例えば2014年のInspiration Mars国際設計コンペでは優勝,2016年のGemini Mars国際設計コンペでは準優勝されたとのことです(このようなコンペはチームで参加されたそうです)。また単なる机上の設計だけでなく,地上における各種の閉鎖環境実験の運営やデータ解析等も関わっておられるとのことでした。我々のように医学に身を置く立場としては,どうしても人間とその疾病対策を中心に考えてしまいますが,人類が宇宙に社会を構築するためには,インフラ整備から人文系を含めた社会の構築までを視野にいれた,総合的な観点が必要であることを,改めて感じた次第です。
 もう一つ,このムーンビレッジ勉強会での議論を通じて感じたのは,結局,「人は何故宇宙に行くのか」という問いに,如何に応えるのかが,有人宇宙開発のアルファであり,オメガである,ということです。その問いに,人類共通の答えを求めるのは無理があるのかも知れませんが,少なくとも有人宇宙開発に関心を持ち,それに関わる立場の人は,その人なりの答え(あるいは「考え」)が求められると思いました。
 人類の月面開発にとって,もう一つ気になるのがレゴリス(別名,ムーンダスト)の存在です。このレゴリスとは,月面に存在する,岩石破壊物に由来する微粒子で,その主な構成成分はSiO2で,それ以外にAl2O3,CaO,FeOが含まれると報告されています。要はアスベストに類似している点から,人体への有害性,特に珪肺症を引き起こす可能性が懸念されます。このレゴリスの現物を入手するためには,月からサンプルを得る必要がありますが,日本でも既に,以前,JAXA(宇宙航空研究開発機構)のFlight Surgeonであった三木猛生先生らにより,模擬物質を用いた研究報告が出されており,細胞レベルでの影響は小さいものの,人体への潜在的有害性が示唆されています2-4)。このレゴリスに関し,私が最も懸念しているのは,月面開発を話題にする方々が,その人体への有害性をあまり(あるいはほとんど)意識されていないことです。仮にアスベスト程ではないにしても,多少なりとも有害性を持つのであれば,月面は大量のレゴリスで覆われていると言われていることから,その対処は極めて困難が予想されます。ただ考えてみれば,このレゴリスの人体への有害性を評価し,それを訴えて行くのは,我々医学研究者の役目と言えるので,今後の本学会・研究会の取り組みの一つとして,捉える必要があると思います。

文献

1) 月惑星に社会を作るための勉強会(略称: ムーンビレッジ勉強会)
http://www.jasma.info/moonvillagestudy/
2) 堀江祐範,三木猛生,本間善之,青木滋,森本泰夫 「微粒子を含む月レゴリスシミュラントの細胞影響の評価」 産業医科大学雑誌 37 p. 139-48( 2015)
3) 堀江祐範,神原辰徳,黒田悦史,三木猛生,本間善之,青木滋,森本泰夫 「月レゴリスによるアレルギー増悪効果の可能性」 産業医科大学雑誌 34 p. 237-43( 2012)
4) 森本泰夫,三木猛生,東敏昭,堀江正和,田中一成,向井千秋 「宇宙環境における生体影響─月面粉じんレゴリスについて─」 日本衛生学会誌 65 p. 479-85( 2010)