宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 2, 117-119, 2021

開催報告

月有人探査における精神・心理的課題─南極越冬隊の心理研究から学ぶ

立花 正一

平沢記念病院副院長・元JAXA宇宙飛行士健康管理グループ長

【略歴】
 1981年 防衛医大卒業。1988年 米国空軍航空宇宙医学校 上級航空宇宙医学課程修了。1991年 医学博士。長年航空医学実験隊で,航空医学の研究,パイロットの健康管理,航空事故調査等に携わる。運輸省航空局・医官を兼務し民間航空パイロットの健康管理にも関わる。2003〜2010年,宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛行士健康管理グループ長として,日本人飛行士の健康管理や,宇宙医学研究の推進に携わる。2010〜2016年,防衛医大異常環境衛生研究部門 教授。2016年から平沢記念病院勤務,現在副院長。専門は航空宇宙医学及び精神医学。

【要旨】
 我が国を含む国際有人宇宙活動は,国際宇宙ステーション(ISS)計画を経て,いよいよ月の有人探査に向かいつつある。ISS計画ではすでに7人の日本人宇宙飛行士の長期滞在を完了し,多くの知見と技術を獲得し,飛行士の健康を支える宇宙医学・心理学に携わる我々の知見も格段に増えた。しかし,月の有人探査となると,飛行士の健康管理支援のハードルはかなり高くなるだろう。特に,宇宙放射線被ばく,隔離閉鎖環境での生活や任務に伴う精神・心理的ストレス,けがや病気を発症した際の医療対処手段については,十分に検討し準備しなければならない。今回は,特に精神心理的課題に絞って論じたいが,地球からの隔絶感・孤立感が増し,活動における自立性・自律性が求められ,チームとしての団結力・リーダーシップの質の高さ,個々の隊員の情緒安定性・士気の維持・自己管理能力も問われるだろう。
 このような未知の課題に挑戦する際に,我々が参考とすべき有力な知見は,南極大陸における越冬隊の長年の経験であり研究となる。アメリカ隊を中心とした心理学研究や体験に関する文献をレビューしたので,その一部を紹介したい。南極越冬活動の初期には,過酷な環境(寒冷,日照不足,隔離閉鎖,単調性など)による不眠,抑うつ,幻覚,意識の変容,行動異常などの報告がなされている。国際地球観測年(1957-58)を契機に始まる中期においては,体系的な心理学的研究が行われ,住環境の改善や隊員の事前スクリーニングもなされた結果,Polar Madnessと呼ばれた極端な精神症状や意識の変容は減少し,隊員選抜の評価要素なども確立した。南極越冬隊員に見られた心理的特徴(季節変動性,独特のコーピング手法,集団葛藤の傾向など)も明らかになり,越冬活動(チャレンジ)は人によってはプラス(健康増進効果Salutogenic effect)に働くことも解ってきた。月有人探査要員の選抜・訓練・支援活動の参考になるものと考えている。

コメンテーター
 村井  正(日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学研究所 産業医/JAXA)

【略歴】
 1983年筑波大学医学専門学群卒業(医師免許取得)。筑波大学附属病院研修医を経て第26次南極地域越冬隊医療担当隊員。1990年筑波大学大学院医学研究科修了(医学博士)。1990年宇宙開発事業団副主任開発部員。1992年まで米国ライト州立大学航空宇宙医学専門課程(理学修士)。2014年4月より宇宙航空研究開発機構宇宙医学生物学研究グループ参事。2018年4月より現職。
 日本医師会認定産業医/労働衛生コンサルタント