宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 2, 114, 2021

開催報告

サバイブとアライブの境界線 〜南極・ヒマラヤベースキャンプ・火星模擬実験〜

村上 祐資

極地建築家・NPO法人フィールドアシスタント代表

【略歴】
 南極やヒマラヤ遠征隊など,極地の生活を踏査してきた極地建築家/NPO法人 FIELD assistant代表。2008年に第50次日本南極地域観測隊越冬隊員として地球物理観測に従事。The Mars Societyが2013-17年にかけて実施した模擬火星居住実験「The Mars 160 Mission」では副隊長,翌2018年には「MDRS Crew191 TEAM ASIA」の隊長を務めるなど,平時(ALIVE)と逆境(SURVIVE)の境目で計1,000日をこえる閉鎖隔離生活経験を重ねた。2019年には退役した元南極観測船「SHIRASE 5002」を活用し,宇宙船生活を模擬した閉鎖環境居住実験を実施。

【要旨】
 雪嵐の唸り声,振動で軋む基地の中で何ヶ月も過ごさなくてはならない,常に危険と隣り合わせの南極では,人の力では負い切れない微細な問題が日々山積していく。その行き場のないやるせ無さは,人間の平常心を,少しずつそして確実に,蝕んでいく。変化の予測が難しい状況のなかでは,人間はともすると共通の敵のイメージを生み出し,その敵を前に団結し,「力を」合わせて,立ち向かおうとする。しかし不安や恐れに対する各々の構成員の感受性の違いに無関心なまま「心を」合わせることを置き去りにして,ただ敵に抗うための「力を」結集させようとするのならば,それは特定の誰かの幸せのイメージを他者に押し付ける,同調圧力にもなりかねない。組織の団結は一方で,排他的な社会の顔をも持ち合わせている。この講演では,これまで南極やヒマラヤ,模擬火星実験の暮らしに身を置いてきた視点から,閉鎖隔離環境下における集団生活にかかわる人間の課題についてお話していく。