宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 62-63, 2021

受賞者講演

令和二年度研究奨励賞受賞講演「軽度過重力負荷中の動的脳血流自動調節能の経時変化」

小西 透1,2

1日本大学医学部社会医学系衛生学分野
2防衛省航空自衛隊航空医学実験隊

JSASEM Research Encouragement Award Lecture 2020 (Changes in DCA under mild +Gz)

Toru Konishi1,2

1Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
2Aeromedical Laboratory, Koku-Jieitai (Japan Air Self-Defense Force), Ministry of Defense

はじめに
 長期宇宙滞在による微小重力曝露は,様々な生理学的変化を引き起こすことが知られている。その予防・軽減策の1つとして,宇宙飛行中や帰還後の地上リハビリテーション中の軽度過重力(+Gz)環境への反復曝露が提唱されている。我々は過去に,軽度の過重力(+1.5 Gz)負荷であっても,負荷持続時間が5分を超えると脳血流が有意に低下することを報告している1)。その際,血圧は一定時間経過後から回復傾向に転じる1)ことから,過重力負荷中に脳血流調節能が変化する可能性が考えられた。我々が知る限り,軽度過重力負荷中の脳血流調節能の経時変化について検討した報告はなかったため,我々の過去の実験データ1)を用い,血圧及び脳血流速度の急速な自発変動の量を算出し,両者の伝達関数解析を施し,軽度過重力負荷中の動的脳血流自動調節能の経時変化について検討した。

方法
 本研究では,日本大学医学部倫理委員会の承認(承認番号29-2-0 承認日2017年7月4日)を受け,大学病院医療情報ネットワークセンター臨床試験登録システムに登録(UMIN000028466)した上で,「ヘルシンキ宣言」や「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」等を遵守して実施された過去の実験データ1)を追加解析した。実験データは,健常成人男性17名に対して遠心人工重力装置による21分間の+1.5 Gz負荷を実施したものであり,過重力負荷前(安静座位,+1.0 Gz)の5分間のデータ区間と,過重力負荷中のデータを+1.5 Gz到達から5分毎に分けた4つのデータ区間 (0-5分,5-10分,10-15分,15-20分)で経時変化を評価した。各データ区間において,動脈圧波形(非観血的連続血圧計)及び脳血流速度波形(経頭蓋ドプラ血流計)のスペクトル解析を実施し,平均血圧及び平均脳血流速度の変動量を算出した。さらに,両者の伝達関数解析を実施し,動的脳血流自動調節能を評価した。

結果
 17名の被験者のうち15名は21分間の過重力負荷を完遂したが,2名は気分不快により過重力負荷を途中で中止した1)。負荷完遂者(15名)の低周波数域(0.07-0.20 Hz)での結果について,平均血圧変動は,負荷開始直後から増加傾向にあり,負荷前に比して,5-10分以降,負荷終了まで有意な増加が持続した。平均脳血流速度変動は,負荷前に比して,0-5分で有意に増加した後,5-10分以降は低下傾向にあり,負荷前と15-20分では有意差を認めなかった。さらに,血圧変動から脳血流速度変動への信号伝達の強さを定量化したものであるゲイン値(数値が小さいほど伝達の程度が小さいことを示し,動的脳血流自動調節能が良好に機能していると解釈される)は,有意差を認めないものの0-5分で一旦増加した後,0-5分から15-20分にかけて有意に低下した(Fig棒グラフ)。興味深いことに,過重力負荷を途中で中止した2例のうち,失神前症状の出現により負荷を中止した1例では,低周波数域でのゲイン値が負荷開始直後から負荷中止まで漸増した(Fig実線)。一方,気分不快による過呼吸で負荷を中止した1例では,負荷中を通じてゲイン値の明らかな変化を認めなかった(Fig破線)。

Fig. Time course of changes in transfer function gain between mean arterial blood pressure variabilities and mean cerebral blood flow velocity variabilities in low frequency range (0.07-0.20 Hz) before and during +1.5 Gz centrifugation. White bars with error bars represent the group-averaged values and SEM for participants who completed the study protocol (n = 15). Solid line with round markers represents the changes in gain for the incomplete participant due to pre-syncope, and dashed line with triangle markers represents those for the incomplete participant due to nausea and hyperventilation. P value represents the result of a paired t-test (Holm’s correction) between 0-5 min and 15-20 min.
(小西透ほか.宇宙航空環境医学,56, 25-33, 2019. Fig. 2を一部改変)

考察
 動的脳血流自動調節能は,血圧の比較的急速な自発変動から脳血流の変動への伝達を抑制し,脳血流の変動を低減させることで脳血流を維持する機能である。例えば,定常的に脳血流が低下した状況で,動的脳血流自動調節能が充分に機能しないと,脳血流変動が増加し,瞬間的に著明な脳血流低下を来す危険性がある。負荷完遂者では,負荷開始直後の脳血流速度変動が有意に増加し,ゲイン値も増加傾向にあったため,脳循環が初期に不安定化していたと考えられた。しかし,負荷後半では脳血流速度変動が漸減傾向にあり,血圧変動から脳血流速度変動への伝達が抑制されていた(ゲイン値が負荷中に有意に低下していた)ため,負荷中に動的脳血流自動調節能が増強した可能性が示唆された。負荷後半では脳血流が定常的に低下1)しており,血圧変動も増加している状況である。このような状況で,脳血流速度変動が増加すると,瞬間的に著明な脳血流低下を来す恐れがあるが,動的脳血流自動調節能を増強させることで,瞬間的な著しい脳血流低下を抑止していたものと考えられた。つまり,負荷中の動的脳血流自動調節能の増強は,定常的な脳血流低下の影響を局限させるための代償性の変化であった可能性が示唆された。反対に,失神前症状による負荷中止例では,負荷中のゲイン値が漸増しており,負荷の時間経過に伴って動的脳血流自動調節能が徐々に減弱していった可能性が示唆された。つまり,動的脳血流自動調節能の減弱により,定常的に脳血流低下を来している状況で,さらに瞬間的な著明な脳血流低下を来たし,失神前症状が出現したものと考えられた。これらの結果より,軽度過重力負荷中,動的脳血流自動調節能は経時的に変化し,脳血流変動の低減による失神の抑制に重要な役割を果たしていることが示唆された。

利益相反
 本発表に関して発表者らに開示すべき利益相反はない。

謝辞
 本研究は,文部科学省科研費JP15H05939の助成により実施したものである。
 この度,日本宇宙航空環境医学会研究奨励賞の栄誉を賜りました。日本宇宙航空環境医学会理事長 加地正伸先生,学術論文賞選考委員会の先生方をはじめ,関係の諸先生方にこの場を借りて心より感謝申し上げます。
 なお,本発表は,学会誌に掲載された原著論文(小西透,倉住拓弥,田子智晴,加藤智一,小川洋一郎,岩阜ォ一,軽度過重力負荷中の動的脳血流自動調節能の経時変化.宇宙航空環境医学,56, 25-33, 2019.)について概説したものであり,これをもって第66回大会での受賞講演とさせていただきます。
 最後に,研究の実施にあたりご指導を賜りました岩阜ォ一先生をはじめとする日本大学医学部社会医学系衛生学分野の共著者の皆様及び被験者の皆様に心よりお礼申し上げます。

文献

1) Konishi, T., Kurazumi, T., Kato, T., Takko, C., Ogawa, Y. and Iwasaki, K.:Changes in cerebral oxygen saturation and cerebral blood flow velocity under mild +Gz hypergravity. J. Appl. Physiol., 127, 190-197, 2019.