宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 60-61, 2021

受賞者講演

日本南極地域観測隊における越冬期間中の傷病統計(第1〜56次隊,6,837例の検討)

池田 篤史

筑波大学附属病院泌尿器科

Disease and injury statistics of Japanese Antarctic research expeditions during the wintering period

Atsushi Ikeda

Department of Urology, University of Tsukuba Hospital

はじめに
 1956年より始まった日本の南極地域観測活動は,コロナ禍である現在も62次(2020年12月〜)を数え,越冬した日本南極地域観測隊隊員は,のべ1900人を超えている。南極での医学医療研究を進めるにあたり,越冬中の疾病動向を把握することは欠かせない。これらは,医療施設の整備や隊員の選抜における身体検査の内容,派遣医師の出発前研修,現場での予防衛生,医学研究テーマの研究などの資料となる。各国は南極での傷病調査1-3)を継続的に行っており,日本においても大野ら1)が第1〜39次隊,さらに大谷ら2)が40次隊のデータを追加した解析を報告していた。今回,1999年2月から2016年1月までの期間に活動した第40〜56次隊の傷病の集計し,傷病統計の更新を行ったInternational Journal of Circumpolar Healthの論文4)を引用,一部改変を行い報告する。

方法
 各隊が作成した越冬報告の昭和基地,あすか基地,みずほ基地,ドームふじ観測拠点の4施設における医療記録をもとに集計を行った。傷病名による診療科の分類方法が各隊によって異なっていたが,大野の分類1)に準拠して統一作業を行った。越冬が行われていない第2次隊と第6次隊,傷病数の記載がない1次隊と24次隊を除く52回分について,データの統合と解析を行った。なお本研究は,国立極地研究所のプロジェクト研究「極限環境における健康管理および医療体制の研究(KZ-32)」のもとに行った。
 第1〜56次隊の隊員はのべ1734名(女性29名)が解析の対象となった。各隊による隊員の年齢の幅と平均年齢をFig. 1に示す。全期間における平均年齢は34.1歳,第38次隊以降は35歳代後半で推移している。

Fig. 1 Range and average age of members in each expedition. The bar graph represents the age range, and the line graph represents the average age. The 2nd and 6th expeditions were not overwintering. JARE: Japanese Antarctic Research Expedition

結果
 @ 年次隊別,診療科別の傷病統計
 先の報告1)2)と統合し,更新した第1〜56次隊の傷病総数は,のべ6,837例となり,1人当たりの傷病数は4件/年,診療科別割合は外科・整形外科45.0%,内科21.8%,歯科11.7%,皮膚科8.2%,耳鼻科5.8%,眼科5.4%,精神科1.6%,泌尿器科0.4%となった(Fig. 2)。歴代の隊の年次別では,受診した傷病の診療科別割合に大きな変動はみられなかった。また,月別の発生件数としても各月ほぼ一定だった。
 A 重症例,手術症例,集団感染
 死亡例としてブリザードによる遭難死1名が見られたが,傷病に起因するものではなかった。腰椎麻酔手術が2例施行され,どちらも虫垂切除術であった。全身麻酔手術は未だ行われていない。越冬期間に搬送を要する重症例の発生していなかったが,第38次隊で尿閉に伴う急性腎不全のため,局所麻酔下に膀胱瘻が造設されている。また,2回の感染症の集団発生が生じていた。第41隊では,5月にインフルエンザ様症状と消化器症状を伴った風邪症候群が蔓延し,隊員29人中18人が罹患した。第43隊でも4月に下痢を主症状にする急性胃腸炎が多発していた。

Fig. 2 Rate of diseases by medical departments.

考察
 隊別の隊員の平均年齢は徐々に上昇しており,第50次隊以降は37歳以上に達しており,以前と比較して隊員の高齢化が進んでいる。隊別科別の割合は,多少の違いはあるものの,外科・整形外科が最も多く,続いて内科となっている。これらは諸外国の報告5)6)と同様の傾向だった。
 月別科別の傷病統計として,越冬開始2月から翌年1月までの12か月における疾病発生の時期的な変化は,時期により発生が増減する疾患とほぼ一定の疾患が見られた。症例数が多かった運動器や打撲捻挫,切挫創傷,腰痛,消化器系は,毎月ほぼ一定の発生がみられた。一方,凍傷は5月(12か月のうち22.0%),8〜9月(39%),不眠は5〜8月(59%),頭痛は7〜8月(22%),10月(16%),眼部異物は2〜4月(47%),耳炎は8〜10月(45%),アルコール関連は5〜7月(44%)と疾患によっても時期に偏りがみられた。呼吸器系,咽頭炎,鼻炎を一つの疾患としてまとめた場合,5月(12.0%),12月(13.5%),1月(12.5%)に発生が多くみられ,隊員の交代時期に「しらせ風邪」と呼ばれていたものが本研究であらためて存在が確認された。
 幸いなことに,越冬期間中に緊急搬送を必要とする重篤例はなかった。仮に必要であったとしても,昭和基地は他国の基地や地理的に他の地域と隔絶されているため不可能である。長谷川ら7)は,2007年に13カ国18基地の越冬時の医療体制について調査を行っている。各基地には4〜37名の隊員がおり,2004〜2006年の平均年齢は36.4歳だった。昭和基地では医師が2名,他の基地は1名ずつだった。全身麻酔下での手術のための医療設備を備えていたのは約6割の基地で,過去には9基地で32件の手術が行われており,そのうち14件の虫垂炎の手術だった。9基地での死亡例は 18 件で,ほとんどが事故死,2件は急性心筋梗塞によるものだった。緊急搬送は11基地で夏期間21件,越冬期間2件で,そのうち整形外科疾患11件,急性虫垂炎3件だった。
 現在,隊員構成の高齢化が進む中,治療だけでなく,いかに傷病発生を予防していくかが課題と考えられる。第47次隊より昭和基地と日本の間で人工衛星による遠隔医療システムが導入され,必要に応じた専門医へのコンサルテーションが可能となっている。インターネット環境の充実により,遠隔医療システムの利用は,医療隊員の専門分野にとらわれない医療の質の確保や予防医学の推進に有用と考えられる。

利益相反
 本研究に関連する利益相反はない。

謝辞
 日本南極地域観測隊のすべての隊員,関係者,特に医師隊員の協力に感謝する。また,大野義一郎先生,大谷眞二先生,渡邉研太郎先生,伊村智先生の指導に深謝する。本研究は,国立極地研究所の支援を受けている。

文献

1) 大野義一郎,宮田敬博,日本南極観測隊における越冬期間中の歴代傷病統計:4233例の検討,南極資料 Vol 44, No. 1, 1-13, 2000
2) Otani S, Ohno G, Shimoeda N, Mikami H. Morbidity and health survey of wintering members in Japanese Antarctic research expedition. Int J Circumpolar Health. 63 Suppl 2:165-168. 2004
3) Lugg DJ. Antarctic medicine, 1775-1975. I Med J Aust. 2(8):295-298. 1975
4) Ikeda A, Ohno G, Otani S, Watanabe K, Imura S. Disease and injury statistics of Japanese Antarctic research expeditions during the wintering period:evaluation of 6837 cases in the 1st-56th parties – Antarctic health report in 1956-2016. International Journal of Circumpolar Health. 78:1. 2019
5) Bhatia A, Malhotra P, Agarwal AK. Reasons for medical consultation among members of the Indian scientific expeditions to Antarctica. Int J Circumpolar Health. 72:20175. 2013
6) Pattarini JM, Scarborough JR, Lee Sombito V, et al. Primary care in extreme environments:medical clinic utilization at Antarctic stations, 2013-2014. Wilderness Environ Med. 27:69-77. 2016
7) 長谷川恭久,渡邉研太郎,南極越冬基地における医療の国際比較調査,南極資料 Vol 51, No. 3, 251-257, 2007