宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 54-56, 2021

若手の会

宇宙航空環境医学若手の会 「post-ISSのカウンターメジャーを考える」
宇宙医学にみるプレハビリテーション

増澤  諒

松本大学大学院健康科学研究科

The prehabilitation concept for spaceflight

Ryo Masuzawa

Graduate School of Health Sciences, Matsumoto University

今後の宇宙開発の課題
 1961年,ユーリイ・ガガーリンが108分の宇宙滞在を実現してから60年。現在の最長宇宙滞在記録はワレリー・ポリャコフの438日である。今後の宇宙開発では,我が国が参画するアルテミス計画において2024年の月面着陸,2028年頃の月面活動の本格化,2030年代前半の有人火星探査を目指している。しかしながら,地球と火星が軌道同期しても現在の宇宙船の速度では,地球と火星の移動に往復1年,火星滞在に2年,最低でも合計3年間は無重力と低重力の中で過ごす超長期宇宙滞在が想定される。もし,半年間の宇宙飛行後に火星に到着したとしても,はたして宇宙飛行士たちは低重力環境で探査活動を行うことができるのであろうか。ヒトが微小重力空間で過ごす半年間は,ISSでの筋萎縮,骨粗鬆症,循環調節障害,精神的影響などを鑑みれば心身機能低下には十分な時間といえる。ISSでは新たな運動機器の開発などによって微小重力における人体への影響を効果的に防ぐことができるようになった1)2)が,今後の月・火星探査の宇宙飛行士に対する生理的要求は,ISSよりもはるかに高くなる。そのため,in-flightの運動対策の現在の重点に加えて,pre-flightでミッションに必要な生理的準備を行うことが大きな焦点となる(Fig. 1)。現在までにpre-flightにあまり焦点があてられてこなかったが,post-ISSの宇宙滞在におけるカウンターメジャーとしてpre-flightの重要性が注目される。

Figure 1 The prehabilitation concept for spaceflight

プレハビリテーションの概念
 リハビリテーション医学は,かつて疾病や障害をもつ人を対象とし機能回復や障害克服を主な目的としていた。しかし,現在では手術をひかえた人や,疾病や障害を持たない人も対象に加わり,日常生活の動作一つ一つから社会での参加を含めた活動を育む医学と意義づけられるようになった3)。プレハビリテーション(prehabilitation)とは,“rehabilitaion”に接頭辞である“pre-”を付けたアメリカ発祥の造語である。臨床現場では,術前(pre-)のリハビリテーションという意味ですでに一般的な概念であるが,最近ではがん治療における化学療法,放射線治療前に行う予防的リハビリテーション4)5)など,予防を目的に計画されたプログラムの総称として用いられている。リハビリテーションという言葉の意味は,「再び(re-)適した状態(-habilis)になること」であるが,プレハビリテーションは「事前に(pre-)適した状態(-habilis)になること」である。これは,術後の筋力低下に備え,体が動く時期(術前)に運動を行い,足腰の筋力や持久力を高めて術後の経過をより良好なものとすることを目的に行う。プログラムの内容は施設や報告によっても異なるが,運動療法が中心となり,これに食事療法や心理療法を加えたものが一般的である。実際に術前の身体のコンディションがよいほど,術後の経過もよくなるとされる研究結果が多数報告されている6)

pre-flightの現状と課題
 最新のNASA’s Human Research Program (HRP-47065)7)では有人宇宙開発における23の健康リスクを提示している。In-flightの運動効果は主に筋萎縮や心循環デコンディショニングなどを減ずる効果があることが証明されている7) が,pre-flightの運動効果に関する特記はない。ISSのpre-flight訓練では各機関の専門スタッフがそれぞれ所属する宇宙飛行士を担当し,4時間/週の運動訓練を個々の運動能力と好みに応じて計画している8)(Table 1)。具体的な運動方法は各機関や個人によっても異なるが,1日に4時間でも,4日に1時間ずつでも,週ごとにプログラムを変更することも可能としている。pre-flightの運動訓練の主な目的は,宇宙滞在による機能低下の影響を防ぐための身体的な準備を行いミッションを円滑に行うことができるようにすることと,宇宙での運動訓練の方法を習得することである。しかし実際のところは,他のミッションの訓練など多忙なスケジュールによって運動時間が削減されることや各国への移動,各施設の運動機器の違い,時差ぼけなどの様々な要因によって運動が制限されている8)。これらの要因によってpre-flightの運動訓練をルーチン化することが困難となっており,pre-flightの個々の運動訓練が宇宙滞在に与える影響は現在のところ明らかになっていない。

Table 1 Pre-flight exercise program
Agency Frequency of pre-flight exercise
NASA Aerobic exercise 3-5 d/w
Resistance exercise 2-3 d/w
JAXA Aerobic and Resistance exercise 2 h/d, 2-3 d/w
CSA Aerobic exercise 3-5 d/w
Resistance exercise 3 d/w
ESA Aerobic and Resistance exercise 4 h/w
IBMP* (Soyuz) Not reported
* The Institute of Biomedical Problems (IBMP)
(文献8)改変引用)

個人差の解明とプレハビリテーション
 昨今の世界的な超高速DNAシークエンス技術の進歩により生命科学研究はこれまでより膨大な生物情報を取り扱う時代へと移行している。先に報告されたTwins Study(2015-2016)9)は長期宇宙滞在における人体への影響をオミックスの詳細な分析を行い包括的に解明する先駆的な研究となった。また現在行われているSpaceflight Standard Measures (2018-)は主に8つのカテゴリーの評価から個人の宇宙滞在の影響を明らかにし,健康リスクやカウンターメジャーの効果の評価に役立てることを目的としている。その中で各宇宙飛行士のpre-, in-, post-flightの運動実施記録,尿と血液のバイオサンプルを採取しているが,データは公表されていない。宇宙滞在の影響が個人によって異なることはよく知られているが,データサイエンスに基づくプレシジョン・メディシン(precision medicine:精密医療)が宇宙滞在に対する個人のカウンターメジャーの効果を最大化するためには重要であると考える。これにより運動療法に限らず心理療法や食事療法,薬理などより個人に適した介入方法を選定することが可能になるであろう。さらに近い将来,細胞工学治療(cellular engineering therapy)など人為的に体質を変化する新たな手法も加わるかもしれない10)

終わりに
 プレハビリテーションが「事前に宇宙環境に適した状態になる」という概念であるとするならば,宇宙環境は様々な環境因子が同時複合的に人体に影響を与える特殊環境であることを考慮しなければならない。それぞれの生理的影響(筋,骨,心循環,精神,放射線,宇宙酔いなど)に対する効果の検証が必要であり,新たなカウンターメジャーの創出は深宇宙を目指す宇宙飛行士だけでなく,将来,LEO(low Earth obit)での宇宙滞在や宇宙旅行などを行う民間人への応用にも期待される。

 今回,新型コロナウイルスの影響により例年行われている若手の会主催シンポジウムが中止となりましたが,今後また本稿関連テーマで参画できれば幸いでございます。ご意見等ございましたら下記からご連絡の程よろしくお願い申し上げます。
 松本大学大学院健康科学研究科 増澤 諒 (Email:ryomasuzawa1128@outlook.jp

文献

1) Yarmonova, E.N., Kozlovskaya, I.B., Khimoroda, N.N., Fomina, E.V.:Evolution of Russian microgravity countermeasures. Aerosp Med Hum Perform. 86, A32-A37, 2015.
2) Maffiuletti, N.A., Green, D.A., Vaz, M.A., Dirks, M.L.:Neuromuscular Electrical Stimulation as a Potential Countermeasure for Skeletal Muscle Atrophy and Weakness During Human Spaceflight. Front Physiol. 10, 1031, 2019.
3) 久保俊一:リハビリテーション医学・医療コアテキスト,リハビリテーション医学・医療の概念,久保俊一ほか編,医学書院,3-20, 2018.
4) Yamamoto, K., Nagatsuma, Y., Fukuda, Y., Hirao, M., Nishikawa, K., Miyamoto, A., Ikeda, M., Nakamori, S., Sekimoto, M., Fujitani, K., Tsujinaka, T.:Effectiveness of a preoperative exercise and nutritional support program for elderly sarcopenic patients with gastric cancer. Gastric Cancer. 20(5), 913-918, 2017.
5) Chen, B.P., Awasthi, R., Sweet, S.N., Minnella, E.M., Bergdahl, A., Mina, D.S., Carli, F., Bergdahl, C.S.:Four-week prehabilitation program is sufficient to modify exercise behaviors and improve preoperative functional walking capacity in patients with colorectal cancer. Support Care Cancer. 25(1), 33-40, 2017.
6) Durrand, J., Singh, S.J., Danjoux G.:Prehabilitation. Clinical Medicine. Vol 19, No 6, 458-464, 2019.
7) Lyndon, B.:Human Research Program Integrated Research Plan (HRP-47065). National Aeronautics and Space Administration, Johnson Space Center Houston, Texas, 2020.
8) Loehr, J.A., Guilliams, M.E., Petersen, N., Hirsch, N., Kawashima, S., Ohshima, H.:Physical training for long-duration spaceflight. Aerosp Med Hum Perform. 86(12), A14-A23, 2015.
9) Garrett-Bakelman, F.E. et al.:The NASA Twins Study:A multidimensional analysis of a year-long human spaceflight. Science. 364, 144, 2019.
10) Sonia, I., Matthew, M., Craig, W., Christopher, E.M.:Translating current biomedical therapies for long duration, deep space missions. Precision Clinical Medicine. 2(4), 259-269, 2019.