宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 50-51, 2021

一般演題 19

医療ヘルスケア分野の宇宙ビジネス創出へ,ABLab宇宙医療プロジェクトの活動

後藤 正幸

一般社団法人 ABLab 宇宙医療プロジェクト

Space medicine project within ABLab making it a goal to create new healthcare business in space

Masayuki Goto

Space Medicine Project within Aerospace Business Laboratory

 宇宙開発の民間開放により,地球低軌道から月面まで宇宙市場に参入するベンチャー企業が次々と台頭している。我々一般社団法人ABLab(Aerospace Business Laboratory)は,あらたな宇宙ビジネス創出を目指す有志団体である。筆者は脳神経外科を専門とする臨床医として医療現場に立つ傍ら,医療ヘルスケア分野での宇宙産業の創出を目指し,活動を続けている。本日は,我々の取り組みについてご紹介したい。

 当プロジェクトでは代表である筆者のほか,30人前後のメンバーにより活動を行っている。メンバーの社会背景は医療従事者に限らず,医学生・エンジニア・デザイナー・セラピストなど多様なスキルを持つ人材が集まっている。
 プロジェクト開始は2019年9月,当初の活動は宇宙での基本的な身体変化や,最新の宇宙医学研究内容についてメンバー内で勉強会を行うことであった。その後,東京日本橋のX-NIHONBASHIを活動拠点として,医療ヘルスケア分野での新たな宇宙ビジネスアイデアを話し合う活動を開催してきた。また,ブログやTwitterといったSNSを利用し月に数回,プロジェクト内のみならず広く一般向けに宇宙医学文献にもとづく情報発信を行っている。
 以上のように,医療ヘルスケア分野での宇宙ビジネス創出を掲げて活動を継続してきたが,大きな転機となったのは,2020年7月にJAXA主催で行われた,THINK SPACE LIFE─宇宙生活と地上で共通する課題解決を目指す製品アイデアの公募─であった。この企画内容は,医療ヘルスケアを含む宇宙での生活課題に対し,ビジネスの立場で解決策を探求するという我々の活動指針と強く合致していたため,直ちに参加を決意した。
 アイデアを熟考の末,我々が取り組んだのは「ISSでの閉鎖環境によるメンタルヘルス問題」の解決である。飛行士の宇宙滞在中の生活課題として,地上と離れ社会から孤立した状態で,かつ閉鎖環境による精神心理的ストレスが挙げられる2)。業務とプライベート切り替えの難しさのほか,攻撃性が上がり対人関係に問題を生じる,判断力が低下するなど,飛行士のミッション遂行に支障をきたす事例がこれまでに報告されている。
 一方,現在地上では新型コロナウイルス感染症により,以前のような外出や人どうしの対面が制限される社会となっている。結果として孤独やいらつきなどストレスを感じやすく,宇宙の閉鎖環境ストレスと非常に類似した状況にあると考えた。
 この閉鎖環境ストレスに対する解決策として,自然の音や光・リラックスをもたらす香り7)を提供するヘッドホン型のウェアラブルデバイスを考案した(Figure 1, 2)。自然界のあらゆる現象には,人間の生体リズムと一致してリラックスをもたらす「1/f ゆらぎ」が存在しているとする研究報告がある3,6)。川のせせらぎ,浜辺の波の打ち寄せる音,木洩れ日,焚火などもすべて1/f ゆらぎである。
 また,心身が安定しリラックスした状態での脳波はα波(8-13 Hz)が優勢となる4)が,そのパワースペクトルも1/f 特性を示すとされている1)。人工環境では1/fに該当するゆらぎが少なく心身にストレスをもたらす要因のひとつとなる5)ことから,このデバイスを作業中および休憩時に使用することで,高度な緊張を要するミッションに取り組む飛行士の作業ストレス軽減に寄与し,気持ちを切り替えや集中の効果を高められると考えた。地上では,同じく閉鎖環境で不特定多数の人と空間を共有する医療従事者や長距離航空機クルー,コワーキングスペースワーカーなどを利用者として想定している。
 ISSにおいては,アロマなどの揮発性物質が空調システムに悪影響を及ぼすことを避けるため,使用者の顔周囲にのみ香り物質を放出し,余剰分は回収しデバイス内部で循環させる仕組みを採用している。

Figure 1

Figure 2

 以上の製品アイデアは,残念ながら今回のISS搭載には非採択であった。しかし,今後の可能性から今年12月にスタートする,ヘルスケア領域の宇宙産業を目指すTHINK SPACE LIFE企業コミュニティへの参加を認められた。この中で製品アイデアのブラッシュアップを行い,次回以降の採択を目指し企業との共同開発を検討している。
 我々は現在,自前の開発技術や設備を持たないため,単独で宇宙生活向けの新製品開発を行うことは困難である。しかし,多様な社会背景の人材が集結するABLabというチームの強みを生かし,「宇宙生活と地上の共通課題を解決する,新製品アイデアの企画・提供」という事業を計画し準備を進めている。
 宇宙で人が生きるため,そして共通する地上社会の課題を解決することを目標に,今後も医療者としての立場から新産業創出を目指して進んでいきたい。

利益相反
 この発表に対する利益相反はありません

文献

1) 安久正紘,大口國臣:人に快適感を与える1/fゆらぎとその家電機器への応用,電気学会誌,113, 27-33, 1993
2) 道喜将太郎,高橋司,松崎一葉:宇宙でのストレス,生体の科学,69, 142-146, 2018
3) 中村達郎,今野紀子,島田尊正,宮保憲治:1/fゆらぎを適用した癒し環境空間の検討,電子情報通信学会通信ソサイエティ大会 通信講演論文集,2, S-160-161, 2007
4) 大熊輝雄:臨床脳波学 第6版.医学書院,東京,2016
5) 小野なぎさ:五感がひらく森の魅力〜健康を支える森林浴,新都市ハウジングニュース,95, 10-11, 2020
6) 佐巻優太,多田大希,渡邉志,白濱成希,中谷直史,冨田雅史,森幸男:超音波領域における1/f ゆらぎ音がもたらす心身ストレス緩和効果の一検討,第 29 回バイオメディカル・ファジィ・システム学会年次大会講演論文集,103-106, 2016
7) 瀬川遼,宮下広夢,坂内祐一,岡田謙一:1/fゆらぎを用いた香り提示方法とその評価,日本バーチャルリアリティ学会誌,14, 45-50, 2009
8) Heiken GH, Vaniman DT,French BM, Lunar sourcebook a user’s guide to the moon, Cambridge University Press, New York, 1991