宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 46-47, 2021

一般演題 17

有人宇宙学実習の実践と評価

中澤 淳一郎1*,吉岡 亜姫2*,田島 知之3,土井 隆雄4,寺田 昌弘3

1京都大学理学部
2京都大学農学部
3京都大学宇宙総合学研究ユニット
4京都大学大学院総合生存学館
*equal contribution

Practice and Evaluation of University Exercise on Human Space Activities

Junichiro Nakazawa1*, Aki Yoshioka2*, Tomoyuki Tajima3, Takao Doi4, Masahiro Terada3

1Faculty of Science
2Faculty of Agriculture
3Unit of Synergetic Studies for Space
4Graduate School of Advanced Integrated Studies in Human Survivability, Kyoto University
*equal contribution

目的と背景
 1961年のユーリー・ガガーリンによる人類初の宇宙飛行により,宇宙は人類にとって進出可能な世界になった(土井1))。しかし,人類が宇宙に恒久的に発展するためには,宇宙という特殊環境での生存について探求しなければならない (Eckart2))。そのため京都大学では,2017年度より学生が有人宇宙活動を模擬体験する「有人宇宙学実習」を開講している。

有人宇宙学実習概要
 本実習は2017年度より2019年度にかけて毎年9月に京都大学花山天文台で5泊6日かけて行われた。学生は花山天文台を有人宇宙ステーションに見立て,外界との連絡を禁じられ,日々の食料も決められている状態で共同生活を行った。学生たちは3名を一班として6日間を過ごすことにより,チームワークの形成を経験する。
 本報告では,現在まで行われた有人宇宙学実習の教育効果を(1)閉鎖環境実習の結果及び (2)コンセプトマップ (Novak5))から評価する。

閉鎖環境実習
 本実習では実際の宇宙ミッションを想定し,外部との連絡制限を設けた閉鎖環境の中で時間制限のある課題をチームメイトとコミュニケーションを取りながら同時並行的にこなした。実習課題は,天体観測,模擬微小重力植物環境実験である。また,テント宿泊,夕食づくりなど,ほぼすべての時間においてチーム単位でのコミュニケーションを要するよう実習を設計した。この閉鎖環境実習についての評価は,実習最終日のデブリーフィング時に取ったアンケート及び学生らの(a)唾液中のアミラーゼ測定による生理的ストレス評価 (b)フェイススケールによる全体的な気分の評価 (c)57の質問への回答による感情の評価(POMS試験)による心理状態の測定により行った。

コンセプトマップ
 有人宇宙学実習を通し,「宇宙」に対して学生が持つイメージがどのように変化し,学生が何を学んだのかを可視化する目的で,コンセプトマップを実習の前後で作成させた。概念(コンセプト)に関連するノード(要素)とリンク語(ノード間の関係を説明する語句)を用いて地図を描き,中心テーマをめぐるコンセプト間のつながりを,階層的なネットワーク構造で図示した。コンセプトマップにおいては,リンク数が多いノードほど回答者が豊かなイメージを形成している重要な概念であると考えられる。

実習の評価
 (1) 閉鎖環境実習
 閉鎖環境実習に関しては,国際宇宙ステーションにて宇宙飛行士もSNS等を用いて情報のやり取りをしている現状から判断して,外界との連絡制限の意義について懐疑的な意見や,閉鎖度をより高く設定する事を望む声など,学生がそれぞれ思い描く閉鎖環境と本実習における設計の乖離が多々指摘された。また,テント宿泊,風呂・トイレ・洗濯などの住環境について不満を漏らす声も散見された。
 Fig. 1は2018年度のPOMS試験の結果であり,縦軸はPOMSのT-Score(日本人平均が50),横軸は実験開始からの経過時間を示している。「活気」のパロメーターは値が低い場合,それ以外は高い場合に心理的なストレスが高いとされる。この結果から,朝に学生のストレスが高く,夜に下がる傾向にあることが読み取れる。
 (2) コンセプトマップ
 数的評価として,事前事後でノード数,リンク後数等が増加している学生と減少してしまった学生が存在するものの,例えばリンク語の数において,事前では学生内で最低値だった学生が事後に最高値を出しているなど,劇的に変化しているケースも見られた。また,学生自身が事前と事後のコンセプトマップの比較にて気づいた事として挙げた内容として,「ノードの抽象度が事後で高くなったが,それは具体的名詞からより現実に近い概念への変化であり,自分の精神的成長があったのかも知れない。」といった質的変化について言及した学生も存在した。

Fig. 1 The change of the result of POMS trial at 2018.

考察
 (1)  閉鎖環境実習
 住環境,天体観測実習,模擬微小重力実験についての満足度は低かったが,これらは学生にストレス負荷をかけ,その負荷を班で共有させる構造になっているため,設計通りの回答であった。しかし,班ごとの夕食作り,全体でのハイキングの評価が非常に高いことから,班内交流や他班との交流も満足度が高く,本実習での閉鎖社会集団内における交流は上手く機能していたと考えられる。
 POMSの結果が変動する傾向にあった理由は,計測したストレスの質的違いにあると考えられ,学生が宇宙ステーションを模した空間で宇宙ミッションを模した課題をすることで日常感じるのとは異質のストレスを受けていた可能性が否定できない。2018年の実習における学生の身体活動量はレベルIであり,これはデスクワークを主体とする生活の活動量と同程度である。実際,運動不足を実感した学生もおり,許される範囲内で走り回る,飛び回るなどの運動を始めるケースが報告された。
 (2) コンセプトマップ
 知識拡大によりノードの具体性が向上した学生と,細かい物事だけでなく俯瞰的な広い視点を得たことで逆に概念的ノードになった学生がいた。また,雑多に知識を並べていたものがカテゴリ分けされるなど知識の体系化が進んだとの気付きがある。ノードの数が減った学生については,まさに知識が整理されることによって不必要な細分化が無くなったためだと考えられる。さらには自己の精神的成長にまで言及があり,数的比較だけでは計り知れない教育効果があった可能性がある。

倫理・利益相反
 閉鎖環境実習において測定した各ストレス評価は,京都大学大学院人間・環境学研究科の人間情報研究・動物実験倫理員会(承認番号19-H-16)の承認を得て実施された。被験者からは,実習開始前にインフォームドコントを取得している。
 利益相反については,該当しない。

謝辞
 本実習は,文部科学省宇宙航空科学技術推進委託費委託事業 「有人宇宙活動のための総合科学教育プログラムの開発と実践」によって支援された。

文献

1) 土井隆雄,「日本の有人宇宙活動」,人類が生きる場所としての宇宙.朝倉書店,2019.
2) Peter Eckart, “Lunar Base Handbook”, The MdGraw-Hill Companies, Inc., 2006.
3) 京都大学宇宙総合学研究ユニット,「有人宇宙活動のための総合科学教育プログラムの開発と実践」業務成果報告書,文部科学省宇宙航空科学技術推進委託費委託事業,2019.
4) 吉原育実,増田凱斗,三木健司,土井隆雄,「クリノスタットを使った模擬微小重力学生実験系の構築」,第62回宇宙科学技術連合講演会,1K06. 2018.
5) Novak, J.D., & Gowin, D.B. (1984). Learning how to learn. New York:Cambridge University Press.