宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 44-45, 2021

一般演題 16

宇宙医学実習プログラムの構築

宮下 裕策1,平井 颯2,谷端 淳3,暮地本 宙己3,南沢 享3,田島 知之4,土井 隆雄5,寺田 昌弘4

1京都大学医学部
2京都大学理学部
3東京慈恵会医科大学細胞生理学講座宇宙航空医学研究室
4京都大学宇宙総合学研究ユニット
5京都大学総合生存学館

Creation of the practice program in space medicine

Yusaku Miyashita1, Hayate Hirai2, Jun Tanihata3, Hiroki Bochimoto3, Susumu Minamisawa3, Tomoyuki Tajima4, Takao Doi5, Masahiro Terada4

1Kyoto University, Faculty of Medicine
2Kyoto University, Faculty of Science
3The Jikei University School of Medicine, Department of Cell Physiology, Division of Aerospace Medicine
4Kyoto University, Unit of Synergetic Studies for Space
5Kyoto University, Graduate School of Advanced Integrated Studies in Human Survivability

1. 目的と概要
 民間人宇宙飛行が拡大の兆しを見せる中,宇宙医学はさらに重要性を増していくと考えられる。京都大学宇宙総合学研究ユニットは東京慈恵会医科大学細胞生理学講座宇宙航空医学研究室と連携し,宇宙医学に携わる人材育成を目的としたプログラムである宇宙医学実習を実施した。
 実習は東京慈恵会医科大学宇宙航空医学研究室にて2020年2月17日から21日にかけて実施した。京都大学から2名の学生が参加し,宇宙環境が生物に与える影響を学ぶ事を目標に実習に取り組んだ。プログラムは研究室での実験・セミナーとJAXA訪問からなる。セミナーから宇宙医学に関する知識を獲得し,実験を通して知識を深く理解することを目指した。またJAXA訪問では有人宇宙開発の現場を体感し,宇宙医学との関わりを学習することを目指した。実習の日程は以下の通りである:
 第1日:胃サンプルRNA抽出・セミナー ①
 第2日:胃サンプルRNA抽出,qPCR・セミナー ②
 第3日:JAXA訪問
 第4日:筋細胞RNAのcDNAを用いたqPCR
 第5日:セミナー ③・データ解析

2. セミナー
 本実習では東京慈恵医大の3名の教員より宇宙航空医学に関するセミナーがあった。
 ●セミナー ①「宇宙医学」
 ●セミナー ②「微小重力と筋萎縮」
 ●セミナー ③「キャリア形成のための海外研究留学」
 セミナー ① では,国際宇宙ステーション(ISS)のような微小重力環境で宇宙飛行士の身体にどのような症状があらわれるかを宇宙飛行士の実体験を交えながら学んだ。宇宙医学には微小重力によって引き起こされる筋萎縮や骨密度低下などの諸症状の解析を通して地上の医学に還元するという側面があることや,宇宙を労働環境と捉え,宇宙で働く人々の健康管理と作業環境の関わりを追求する産業医学の側面があるということを理解した。
 セミナー ② は宇宙飛行による身体変化の一つである筋萎縮についてであった。筋萎縮にどのような生体分子・シグナル伝達経路が関わるかについて解説していただいた。また,筋萎縮に関わるシグナル伝達経路の研究は宇宙医学を通して発展したことも学んだ。
 セミナー ③ は海外研究留学についてであった。特に欧米への研究留学は研究者とのネットワークを構築できる点で有意義であり,論文として発表されていない技術を早い段階で知ることができるといった利点があると学んだ。また,将来の留学に向けて学部生のうちに論文を執筆することの重要性についても解説した。

3. JAXA筑波宇宙センター訪問
 訪問ではまず,宇宙飛行士養成エリアや「きぼう」運用管制室など有人宇宙開発に関わる施設を見学した。ISSの「きぼう」日本実験棟の運用管制室は思っていたよりもコンパクトにまとまっているように感じられた。続いて,今回の訪問では宇宙飛行士選抜試験で用いられた閉鎖環境適応訓練設備の内部も見学することができた。生活に必要な最低限のものがまとまっている印象で,国際宇宙ステーションも同様の広さなのかと想像した。
 昼食後は,2011年の宇宙飛行士選抜を担当された先生のお話を伺うことができた。宇宙飛行士選抜の際には健康診断で多くの人が落とされるそうで,健康であることの重要性を感じられた。また,ヨーロッパのISEMSIやロシアのMARS500をはじめ,これまで世界で行われてきた様々な閉鎖環境実験での失敗事例から,事前訓練の重要性やミッション当時者間や運用要因間の事前周知の大切さなどを学んだ。その他にも,宇宙飛行士に求められる医学的・心理的特性や技術的能力,宇宙飛行士選抜までのフロー,JAXAの宇宙飛行士バックアップ体制など幅広く学んだ。個人的に興味深かったのは,過去のISSのミッションで,宇宙飛行士の医学的な事由から任務を変更し帰還をした事案はたった3件しかないということだ。いかに宇宙飛行士が健康であるのかを身にしみて感じた。その一方,将来,持病を抱えている人や高齢者といった比較的健康ではない人々が宇宙に滞在するとなれば,様々な病気や怪我が想定されることから,宇宙医学における知見がますます必要になってくると考えられる。

4. 宇宙医学実習
 実習では,以下の2つの実験を行った。
 実験1:2018年度「きぼう」利用マウスサンプルシェアテーマ募集により得られたマウス胃組織を用いた胃機能分子の遺伝子発現量解析
 実験2:疑似微小重力環境下での培養を経た骨格筋細胞の遺伝子発現解析
 実験操作には慣れないところも多かったものの,それも含め基礎研究がどのようなものなのか現場での実習を通じて学ぶことができた。また,マウス胃組織の遺伝子発現を解析する実験では,実際にISSで飼育されたマウスのサンプルを用いることができ,いっそう臨場感を味わうことができた。

図1 閉鎖環境適応訓練設備の外観

図2 実習中の風景

5. 宇宙医学実習プログラムの成果
 宇宙医学に特化した研究室での実習は貴重な経験であり,宇宙医学の第一線で活躍されている研究者とのコミュニケーションを通じて宇宙環境への生体応答について理解を深めることができた。また,将来の宇宙分野へのキャリアパスの1つとして基礎研究のリアルを現場での体験をもって学ぶことができた。

謝辞
 本実習は,文部科学省宇宙航空科学技術推進委託費委託事業 「有人宇宙活動のための総合科学研究教育プログラムの開発と実践」によって支援された。