宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 40-41, 2021

一般演題 14

微小重力および老化による骨格筋萎縮における糖化ストレス応答の差異

江川 達郎1,木戸 康平2,横川 拓海3,後藤 勝正4,林 達也1

1京都大学大学院人間 ・ 環境学研究科
2福岡大学スポーツ科学部
3立命館大学食マネジメント学部
4豊橋創造大学大学院健康科学研究科

The difference of glycation stress response between microgravity- and aging-induced skeletal muscle atrophy

Tatsuro Egawa1, Kohei Kido2, Takumi Yokokawa3, Katsumasa Goto4, Tatsuya Hayashi1

1Graduate School of Human and Environmental Studies, Kyoto University
2Faculty of Sports and Health Science, Fukuoka University
3Research Organization of Science and Technology, Ritsumeikan University
4Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University

はじめに
 微小重力環境曝露における筋萎縮(廃用性筋萎縮)は比較的短期間で起こるのに対し,老化に伴う退行性変化としての筋萎縮(サルコペニア)は加齢とともに徐々に起こる。このため,筋萎縮を招く分子機構に差異があると考えられるが未だ不明な点が多い。
 筋萎縮の原因の一つとして,近年,糖化ストレスの関与が示唆されている1)。生体内のタンパク質は,糖化反応の進行により終末糖化産物(advanced glycation end products: AGEs)の修飾を受ける。AGEs修飾を受けたタンパク質は変性して本来の機能を失うとともに,組織・細胞傷害や細胞内シグナル伝達障害を引き起こす。こうした糖化反応に起因する生体ストレスは「糖化ストレス」と呼ばれ,身体機能低下を誘発する危険因子と考えられている2)
 これまでに廃用性筋萎縮およびサルコペニアにおける糖化ストレス応答については明確になっていないため,本研究ではそれぞれの筋萎縮における糖化ストレス関連分子の発現変化を比較検討し,糖化ストレスがそれぞれの筋萎縮進行にどのように関与するのか明らかにすることを目的とした。

方法
 実験動物および処置
 本研究における動物実験は,京都大学が定める「京都大学における動物実験の実施に関する規程」に従い,京都大学大学院人間・環境学研究科人間情報研究・動物実験委員会の承認を経て実施した(承認番号:28-A-2)。
 廃用性筋萎縮:雄性C57BL/6マウス(11週齢)を通常飼育する対照群(CON, n = 8)と後肢懸垂を行う荷重除去群(HS, n = 8)に分け1週間飼育した。飼育期間後,ヒラメ筋を摘出し解析に用いた。
 サルコペニア:雄性C57BL/6マウスを6か月飼育した若齢群(YA, n = 8)と24か月飼育した老齢群(OLD, n = 8)に分けた。飼育期間後,前脛骨筋を摘出し解析に用いた。
 各タンパク質発現はウエスタンブロット法により検出した。
 統計解析
 Studentのt検定により2群間の比較を行った。有意水準は5%とした。

結果
 筋重量
 体重あたりのヒラメ筋重量は,HS群がCON群と比較して25%低値であった(P < 0.001)。体重あたりの前脛骨筋重量は,OLD群がYA群と比較して15%低値であった(P < 0.001)。
 AGEs量
 AGEsの代表的構造体であるNε-(carboxymethyl)lysineとmethylglyoxal-hydro-imidazolone 1の修飾を受けたタンパク質の発現量はCON群に比べHS群で高値であった(P = 0.009 and P < 0.001, respectively)。一方,YA群とOLD群では有意な差は認められなかった(P = 0.42 and P = 0.67, respectively)。
 AGEs受容体
 AGEs受容体であるreceptor for AGEs(RAGE),AGEs receptor 1(AGE-R1),toll-like receptor 4(TLR4)の各発現量はCON群に比べHS群で高値であった(P = 0.005, P = 0.007, and P < 0.001, respectively)。一方,YA群とOLD群では有意な差は認められなかった(P = 0.49, P = 0.29, and P = 0.09, respectively)。
 糖化関連酵素
 AGEsの生成抑制に働く酵素glyoxalase1(GLO1)の発現量はCON群に比べHS群で高値であった(P < 0.001)。一方,OLD群はYA群と比較して低値であった(P = 0.047)。

考察
 本検討の結果,後肢懸垂を施したマウスでは筋萎縮に伴い,AGEsの蓄積,AGEs受容体の発現増加,GLO1発現の増加が認められた。AGEs蓄積および炎症反応促進に関わる受容体RAGEとTLR4発現の増加は,廃用性の萎縮筋において糖化ストレスが増大していることを示唆している3)。一方で,AGEs除去に関わるAGE-R1およびAGEs生成抑制に関わるGLO1発現が増加したことは,糖化ストレス増大に対する適応反応による可能性が考えられる。
 一方で,老化マウスの萎縮筋では,AGEs蓄積および受容体発現変化も認められず,GLO1発現が低下するのみであった。したがって,老化による筋萎縮には糖化ストレスが関与していないことが示唆される。しかし,GLO1発現が低下していたことから,今後糖化ストレスが増大し,筋萎縮を助長する可能性が考えられる4)
 本研究により,廃用性の萎縮筋およびサルコペニア筋における糖化ストレス応答は異なることが明らかになった。今後は,糖化ストレスが筋萎縮などの筋退行変化を誘発する分子機序の解明が必要である。

利益相反
 本研究に関連し開示すべき利益相反はありません。

謝辞
 本研究の一部は,科学研究費補助金基盤研究B(18H03148)および挑戦的研究(萌芽)(19K22806)により実施されたものです。ここに,謝意を表します。

文献

1) Chiu CY, Yang RS, Sheu ML, Chan DC, Yang TH, Tsai KS, Chiang CK, Liu SH.:Advanced glycation end-products induce skeletal muscle atrophy and dysfunction in diabetic mice via a RAGE-mediated, AMPK-down-regulated, Akt pathway. J Pathol. 238 (3):470-82, 2016.
2) Kim CS, Park S, Kim J.:The role of glycation in the pathogenesis of aging and its prevention through herbal products and physical exercise. J Exerc Nutrition Biochem. 21 (3):55-61, 2017.
3) Yagi M, Yonei Y.:Glycative stress and anti-aging. 5. Glycative stress and receptors for AGEs as ligands. Glycative Stress Res, 4 (3), 212-216, 2017.
4) Saeed M, Kausar MA, Singh R, Siddiqui AJ, Akhter A.:The role of Glyoxalase in Glycation and Carbonyl Stress Induced Metabolic Disorders. Curr Protein Pept Sci. in press.