宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 38-39, 2021

一般演題 13

米国民間宇宙船の医学運用に関わるJAXAフライトサージャンの新しい経験

速水 聰

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門宇宙飛行士健康管理グループ

A new experience for JAXA Flight Surgeon in medical operations of US Commercial Vehicle

Satoshi Hayamizu

Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)

はじめに
 2020年8月2日にSpaceX社(以後SpX)とNASAの協働で実施された有人試験飛行Demo-2ミッション(以下Demo-2)は45年ぶりのカプセル着水による帰還を果たし成功を納めている。2020年中に国際宇宙ステーション(以下ISS)長期滞在を開始予定の野口宇宙飛行士,2021年に予定されている星出宇宙飛行士はSpX宇宙船の搭乗が決定しており,日本人宇宙飛行士として初めて帰還時の着水を経験することになる。当然であるが宇宙飛行士の健康管理を担当するJAXAのフライトサージャン(以下FS)は未知領域の医学運用を初めて経験する。本稿ではNASAより公開されている情報に基づきDemo-2帰還の簡単な紹介とDemo-2医学運用の海上ヘリコプター移送について限定的に着目し考察する。

Demo-2帰還時の振り返り
 ISS離脱1~2日前にNASAとSpXは7箇所の着水候補地点(Fig. 1:ペンサコーラ沖,タンパ沖,タラハシー沖,パナマシティ沖,ケープ・カナベラル沖,デイトナ沖,ジャクソンビル沖)の中から1次着水地点と代替着水地点をペアとした組み合わせを選定する。選定の際には軌道力学に関する基本的な計算項目等に加えてISS離脱から着水までの時間が最短となるかどうか,日中の着水が可能かどうかも検討される。ISS離脱後や軌道離脱前には天候を含めた地上の状況を随時モニタリングし適切な着水地点が判断されるようマイルストーンを設定している。地上状況の確認項目としては,風速や波高と波の周期,降雨や雷雨の状況,ヘリコプター運用の可否などが設定されている1)

Fig. 1 The seven potential splashdown sites for Demo-2 (Credit:NASA)

Demo-2医学運用の海上ヘリコプター移送について
 無事にカプセルが回収船に収容された後はSpXの医療チームがカプセル内から宇宙飛行士を回収船の医療室へ移動させる(Fig. 2)。ケープ・カナベラル沖を除く7箇所中6箇所の着水地点においては,原則的に海上の回収船からヘリコプターにて陸地まで移送されることが想定されている。着水地点にもよるが,ヘリコプターの移送時間は約10分から80分である2)。実際にDemo-2では着水地点のペンサコーラ沖からヘリコプターによって陸地まで2名の宇宙飛行士が移送された。

Fig. 2 Rehearsal of crew extraction from SpaceX’s Crew Dragon on August 13, 2019(Credits:NASA/Bill Ingalls)

考察
 ソユーズ宇宙船の通常運用で宇宙飛行士を帰還後間もなく海上ヘリコプター移送するシナリオはなかったため,海上ヘリコプター移送による医学運用に関わるJAXA FSは今後,新たな課題に直面する可能性が考えられる。その際にはNASA FSとの協働で解決していく必要があると同時に,今後必要とされる訓練の追加の可能性もある。移送時において自身の安全確保も大変重要であるがNASAではヘリコプターが洋上緊急着水した際の水中脱出訓練Helicopter Underwater Egress Training(以下HUET)修了をNASA FSの要件としている。HUET(Fig. 3)は洋上の石油・ガス施設等にヘリコプターで移動する者に義務付けられている訓練であり座学と実習から構成される。従ってSpX宇宙船に搭乗する宇宙飛行士を健康管理するFSはHUET修了が望ましく,JAXA FS養成プログラムの一環として新たにHUETの追加を今後検討するべきであろう。HUETは飽くまでも自身の安全確保のためのトレーニングに過ぎないが,ハンズオンにて体で覚えておくことが新たな医学運用における課題解決の糸口となる可能性は考えられる。2020年10月中旬には月面探査のおける初の国際的な枠組みである「アルテミス合意」に日本も署名したところであり,日米両政府は日本人による初の月面着陸も合意済みで,それに向けた日本人宇宙飛行士募集が2021年秋に見込まれている。ISSで蓄積した医学運用をしっかりと踏まえてJAXA FSがさらにステップアップできる環境づくりとその実践の蓄積が必須である。

Fig. 3 HUET(http://n-s-t-c.com/gallery/?album=1&gallery=3より引用)

利益相反
 開示すべき利益相反状態はない。

文献

1) https://www.nasa.gov/sites/default/files/atoms/files/ccp_splashdown.pdf(2020年10月31日アクセス)
2) https://www.nasa.gov/feature/top-10-things-to-know-for-nasa-s-spacex-demo-2-return(2020年10月31日アクセス)