宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 36-37, 2021

一般演題 12

1週間の微弱前庭電気刺激は起立時血圧調節を改善させる

田中 邦彦1,杉浦 明弘2

1岐阜医療科学大学大学院保健医療学研究科
2岐阜医療科学大学放射線技術学科

One-week-galvanic vestibular stimulation improves arterial pressure control at the onset of standing

Kunihiko Tanaka1, Akihiro Sugiura2

1Gifu University of Medical Science, Graduate School of Health and Medicine
2Gifu University of Medical Science, Department of Radiological Technology

はじめに
 地上1 G環境において仰臥位から立位に姿勢を変化させると,身体の短軸方向から長軸方向に重力のかかる方向が変化する。このとき循環系においては静水圧が,足方向に下るにしたがって大きくなる。この高まった静水圧によって血管壁が菲薄な静脈は拡張し,血液が貯留する。その結果静脈還流量は減少し,それと同量である心拍出量は約20%減少する。この短時間での血圧調節には従来,圧受容器反射が重要であるとされてきた。しかし圧受容器反射はネガティブフィードバック機構であるため,変化した血圧を復元させる機構であり,健常者の起立時血圧のように,変化なしに維持するという機構ではない。これまでに我々は,このときの起立直後の血圧調節に,内耳前庭系が強く関係していること,体感閾値より0.1 mA低い微弱な電流で内耳前庭系電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation,以下GVS)を行いながら起立させると,調節力が改善することを示してきた。この刺激を中止すると効果は消失したが,内耳前庭系は可塑性の強い器官であるため,この刺激を継続することによって,本来の血圧調節系にも変化が生じるのではないかと考え,その慢性効果を検証した。

方法
 12人の健康被検者(♂:♀=1:2, 20-22歳)において計測を行った。計測は岐阜医療科学大学倫理委員会の承認(2019-7)を受け,書面による同意を得たうえで行った。開眼及び閉眼時の重心動揺(TKK5810竹井機器,フォームラバー アニマ社)を計測した。同じ被検者に,仰臥位で水平位から60度頭高位に起立させたときの血圧変化(Human NIBP, AD Instruments社)を計測した(pre)。12人中6名については振幅一定,10 Hz以下のホワイトノイズによるGVSを,体感閾値から0.1 mA低い強度で1日1回,10分間,7日間行った(GVS+群)。8日目(post#1),9日目(post#2)に同様の測定を行った。対照として,残りの6名についてGVSを行わずに同様の測定をpreとpost#1について行った (GVS−群)。重心動揺の総軌跡長のロンベルグ率を算出した。血圧は耳石機能に相関する,起立前と起立開始後10-15秒間の差を求めた。また,ロンベルグ率と血圧変化の相関を求めた。p < 0.05を統計学的有意とした。

結果
 GVSの体感閾値は1日目0.5±0.07 mAであったが,5日目から上昇しはじめ,7日目には0.9±0.07 mAと有意に上昇した。
 重心動揺における総軌跡長のロンベルグ率は,GVS−群では1.9±0.1(pre) から2.1±0.22 (post#1)と有意な変化を認めなかったが,GVS+群では2.3±0.17(pre) から1.61±0.10と有意な改善を認めた。これは翌日(0post#2)も1.7±0.17と,維持された(図1)。
 また,起立時血圧変化はGVS−群では0.2±1.4 mmHg (pre) から−2.4±3.7 mmHg (post#1)と有意な変化を認めなかったが,GVS+群では−2.4±0.91 mmHg (pre) から6.4±1.6 mmHgと有意な改善を認めた。 これは翌日(post#2) も3.5±1.9と,維持された(図2)。また,GVS+群,GVS−群それぞれについてpreとpost#1のロンベルグ率と起立直後の血圧変化は,有意な負の相関を認めた(図3)。

図1 GVS前後のロンベルグ率変化


図2 GVS前後の血圧変化


図3 ロンベルグ率と血圧変化の関係

考察
 これまでに我々は体感閾値より0.1 mA低い強度のGVSで起立時血圧応答が改善することを示してきた。しかし今回,同様な小さい強度のGVSでも継続することによって,GVSを行っていなくてもロンベルグ率と起立時血圧応答が改善すること,それが少なくとも2日間は持続することを示した。内耳前庭系は可塑性の強い器官であるといわれるが,微弱なGVSによっても機能変化をきたすことが考えられた。GVS+群において,体感閾値上昇が,被検者によっては5日目から認められ,7日目には全被検者で上昇した。この体感閾値の変化が耳石機能変化に相関するか否かはさらなる検討が必要である。ロンベルグ率は運動系を出力としたした耳石器機能を反映すること,また起立時血圧応答は循環系を出力とした耳石機能を反映していると考えられるが,いずれの機能も改善し,両者に強い相関を認めた。つまり,耳石器機能が高く,ロンベルグ率が低いほど起立時に血圧は低下せず,むしろ上昇傾向にあった。ただ今回は健康若年者における計測であるため,高齢者や帰還後の宇宙飛行士といった,耳石器の感度やそれを介した調節系に変調をきたしている人々に有効であるかどうかは,さらなる検証が必要である。

利益相反
 なし