宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 34-35, 2021

一般演題 11

前庭系電気刺激による起立時血圧調節改善効果

原田 大輝1,杉浦 明弘2,田中 邦彦3

1神戸大学医学部医学科 6年
2岐阜医療科学大学放射線技術学科
3岐阜医療大学大学院保健医療学研究科

Improvement of Arterial Pressure Control during Postural Change by Galvanic Vestibular Stimulation

Hiroki Harada1, Akihiro Sugiura2, Kunihiko Tanaka3

16th year, Kobe University, School of Medicine
2Gifu University of Medical Science, Department of Radiological Technology
3Graduate School of Health and Medicine, Gifu University of Medical Science

はじめに
 仰臥位から立位へ体位を変換すると,血液は足方向に下降し,静脈還流量の低下,それに伴う動脈血圧の低下が起こるが,このとき頸動脈洞における圧受容器がこの血圧変化を感知し,自律神経系を介して末梢血管抵抗・心拍数が上昇するnegative feedbackが働く。頸動脈洞における圧受容器による血圧調節機構では一度血圧が低下する必要があるが,健常者では失神に至らないことから,大幅な血圧低下を未然に防ぐ機構が存在することが示唆される。これまでに我々は内耳前庭系が,体位変換時の血圧調節に重要な役割を果たしていることを示してきた。また,内耳前庭系電気刺激(GVS)が,刺激終了後に両側性前庭障害患者の平衡機能,歩行機能が改善することが知られている1,2)。さらにGVSによる30分刺激,3時間刺激のクロスオーバー試験で,どちらにおいても刺激終了後3時間はバランス改善効果が持続することが報告されている3)。そこで今回GVSが血圧調節へ与える持続効果を検証した。

方法
 計測は岐阜医療科学大学倫理委員会の承認(2019-7)を受け,書面による同意を得たうえで行った。6名の健康成人(男:女=1:1,年齢:21-22歳)を対象に,開眼及び閉眼時の重心動揺(TKK5810竹井機器,フォームラバー アニマ社)と起立時血圧変化(Human NIBP, AD Instruments社)を計測した。振幅一定,10 Hz以下のホワイトノイズによるGVSを,体感閾値から0.1 mA低い強度で30分行った後,再度同様に測定を行った。重心動揺解析には総軌跡長のロンベルグ率を用いた。ロンベルグ率は閉眼での値を開眼での値で割ったものであり,ロンベルグ検査を客観化したものである。高値は,ロンベルグ現象陽性つまり感覚器障害(前庭障害や脊髄後索障害)の存在を示し4),健康成人では前庭機能の客観化に有効である。連続血圧の解析においては,起立直前10秒の血圧の平均値と,起立開始後10-20秒の血圧の平均値を測定値とし,その差を求めた。

結果
 ① ロンベルグ率はGVS後で有意に低下した。(*p=0.032 vs. GVS前)
 ② GVS後,起立時血圧変化において,閉眼時では血圧低下が有意に小さかった。開眼時では,血圧低下が小さくなる傾向にあったが,GVS前の個人差が大きく,統計学的有意には至らなかった。(Fig. 1)
 ③ 開眼・閉眼ともに,ロンベルグ率と起立時血圧変化は統計学的有意水準に至らないものの相関の傾向にあった。(Fig. 2)

Fig. 1 Effect of GVS on arterial pressure changes on standing up


Fig. 2 Relationship between Romberg ratio and arterial pressure changes on standing up

考察
 ① 30分間のGVSにより内耳前庭系を介した姿勢調節系の機能が改善されたことがわかった。この結果は,Iwasakiらの研究1)やWuehrらの研究2)の結果に一致するため,この実験系が正確なものであることを裏付けている。
 ② 視覚的情報がなければ,起立直後の血圧調節には内耳前庭系が強く影響していると考えられる。また開眼時では起立時血圧調節変化が有意でなかったことから,前庭系を介した機能は改善するものの,視覚-前庭系の統合系についてはそれほど改善されないということが考えられる。視覚系の姿勢感知による血圧調節機構が前庭系の機構をかえって抑制していることが示唆される。ただし,個人差が大きいことから,被験者を増やして再度検討し,真偽を確かめる必要があるのだろう。
 ③ ロンベルグ率,起立時の血圧変化はそれぞれ前庭機能から運動系と循環系へのアウトプットであり,これらに相関がみられないということは,これらの調節経路に相違点があることが示唆される。ただし,こちらについても,まずは被験者を増やして再度検討する必要がある。
 本研究では,体感閾値以下,振幅一定のホワイトノイズGVSにより,前庭機能そのものの改善によるものであるかは不明であるが,閉眼で起立時の血圧低下が小さくなることがわかった。ただし,この実験系では被検者の計測に対する順応によって変化が小さくなったという可能性を否定できていない。今後GVSの効果がなくなった同被験者,あるいは刺激を行わなかったcontrol群におけるロンベルグ率・起立時の血圧変化等の検証を行う必要がある。
 Moritaらは,感知以下の弱いGVSにより,6名中4名の宇宙飛行士で宇宙からの帰還後にみられる起立時の血圧低下が改善されたと報告している5)。GVSが前庭機能・血圧調節機能共に改善する可能性は大いに期待でき,将来的に宇宙飛行士だけでなく,高齢者の起立性低血圧の予防・治療の一つとなる可能性が示唆された。

利益相反
 演題発表に関連し,発表者らに開示すべきCOI関係にある企業などはありません。

文献

1) Iwasaki S, Yamamoto Y, Togo F et al:Neurology. 82:pp. 969-975, 2014.
2) Wuehr M, Nusser E, Decker J et al:Neurology. 86:pp. 2196-2202, 2016.
3) 岩崎真一:ノイズ前庭電気刺激による前庭障害患者の体平衡機能改善機器の開発,日耳鼻,121, pp. 1250-1257, 2018.
4) 時田喬:重心動揺検査─その実際と解釈,アニマ株式会社,東京,2010.
5) Morita H, Abe C, Tanaka K:Sci Rep. 6:33405, 2016.