宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 30-31, 2021
一般演題 9
スクーバダイビングにおける耳鼻咽喉科的アンケート調査
北島 明美1,2,北島 尚治2,3,肥塚 泉1
1聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科
2北島耳鼻咽喉科医院
3東京医科大学耳鼻咽喉科 ・ 頭頸部外科分野
The evaluation of the otorhinolaryngological questionnaire about scuba diving
Akemi Sugita-Kitajima1,2, Naoharu Kitajima2,3, Izumi Koizuka1
1Department of Otolaryngology, St. Marianna University School of Medicine
2Kitajima ENT Clinic
3Department of Otolaryngology, Tokyo Medical University
はじめに
海洋スポーツの普及に伴いスクーバダイビング人口が増加している一方,それに伴うダイビングトラブルも増加傾向にある3)。中でも,急性中耳炎や急性副鼻腔炎,めまいなど耳鼻咽喉科疾患の占める割合は非常に大きい。我々はスクーバダイビングによる耳鼻咽喉科的トラブルにて受診した患者への対応を検討してきた2)。スクーバダイビングにおける耳鼻咽喉科的トラブルの実態を把握する目的で耳鼻咽喉科的アンケート調査を行い,興味深い知見を得たので報告する。
方法
平成21年1月1日から8ヶ月間,首都圏のスクーバダイビングスクールに対し,アンケート調査を試行した。アンケートは,プロフェッショナルである職業スクーバダイビングインストラクター(以下,インストラクター)と,アマチュアであるダイビング受講生やダイビングツアーゲスト(以下,ゲスト)の双方において評価を行った。アンケート結果108名分の内訳は,インストラクター27名(男性20名,女性7名,年齢21歳〜40歳,平均年齢30.1±5.2歳(平均値±標準偏差)),ゲスト81名(男性45名,女性36名,年齢20歳〜59歳,平均年齢34.6±8.8歳)であった。本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,文書によるインフォームド・コンセントを得た上で実施した。尚,本研究は聖マリアンナ医科大学倫理規程審査委員会の承認を得ている(承認番号第1473号)。
結果
耳抜きを開始するまでの水深は,ゲスト群では2.3±1.6 mであった。インストラクター群(1.3±0.74 m)では,浅い深度から耳抜きを開始する傾向にあった(Fig. 1)。水深5 mまでの最少耳抜き回数はゲスト群では2.8±1.9回,インストラクター群では3.6±1.7回であった(Fig. 2)。
日常生活時の症状およびダイビング方法の回答結果をTable 1に示す。「耳抜きし易い体位」では,足から先に潜降する「フィートファースト」が,インストラクター群に多く,ゲスト群では「差なしあるいは不明」が多い傾向にあった (65/81, 80.2%)。「ダイビングによる耳鼻咽喉科的トラブル」「体調不良時の潜水経験」はインストラクター・ゲスト双方において認めた。
Fig. 1
Fig. 2
Table 1 | |||||||||||||||||
n | 年齢 (歳) |
経験年数 (年) |
経験本数 (本) |
耳抜き 左右差 あり (%) |
鼻炎症状(%) | 地上での 耳閉感 経験 (%) |
耳抜きの方法 (%) |
耳抜き 困難 (本目) |
耳抜きしやすい 体位 |
ダイビング トラブル (%) |
体調不良 時潜水 (%) |
喫煙歴 (%) |
|||||
通年性 | 春先 | 時々/ 無症状 |
バルサルバ | その他 | フィート ファースト |
差なし/ 不明 |
|||||||||||
インストラククー | 27 | 30.1 | 8.2 | 2,121.9 | 66.7 | 18.5 | 51.9 | 29.6 | 4.0 | 74.1 | 25.9 | 2.1 | 63.0 | 37.0 | 77.8 | 85.1 | 66.6 (14.9本/日) |
ゲスト | 81 | 34.6 | 3.2 | 110.6 | 53.1 | 14.8 | 32.1 | 53.1 | 14.8 | 81.5 | 19.5 | 1.9 | 18.5 | 80.2 | 39.5 | 28.4 | 27.2 (16.0本/日) |
考察
スクーバダイビングは水圧を身体に受けるスポーツであり,中耳の圧平衡(耳抜き)を行うことが必須となる。しかしこれは経験や技術,体調などによって難易が変化する。インストラクターであっても耳抜きに困難を感じる割合が少なくない。インストラクター群では浅い深度にて耳抜きを頻回に行っていることが分かった。浅い深度でこまめに耳抜きを行うことを実践していることは耳科的トラブル予防の観点から理にかなっているといえる3)。また,インストラクター群,ゲスト群とも1本目より2本目のダイビングで耳抜き困難を自覚した。大久保ら4)はビギナーダイバーの潜水前と潜水後の耳管機能を比較すると,潜水後は初回より高い圧でないと耳管が開放しない傾向が20%に見られたと報告している。「耳抜きし易い体位」についての設問ではインストラクター群において,足から先に潜降する「フィートファースト」という答えが多かった。中耳腔換気能・耳管開閉能は体位によって影響されやすく,頭を下にした体位が特に開きにくいと言われる2)。従ってダイビングにおいて最も耳抜きが安全に行える潜降体位はフィートファーストの姿勢であるといえる。感冒などの体調不良時に潜水をしたことがあるか,の問いにおいて「ある」と答えたダイバーがインストラクター群においても認めたことから,仕事上,体調不良であっても無理をしてダイビングを行っていることがトラブルを引き起こす一因と考えられた。耳鼻咽喉科的トラブルは,減圧症などの生命に即危険を及ぼす状態と比べると症状は局所的である。しかしながら,内耳機能障害が永続的な後遺症になる場合もあれば,水中でのパニックにより心肺停止や死亡事故につながることもあり1),耳鼻咽喉科的トラブルは決して軽視すべきではないと考えられた。
利益相反
該当なし
謝辞
アンケートにご協力いただいたパパラギダイビングスクールおよび,貴重なご助言を賜りました故・大岩弘典先生に感謝の意を表します。
文献
1) | 後藤ゆかり:潜水事故に学ぶ安全マニュアル100,水中造形センター,東京,pp. 30-31, 145-146, 2014. |
2) | 北島尚治,北島明美,北島清治:開放耳管を伴うスクーバダイバー患者の検討,日耳鼻,123, 55-62, 2020. |
3) | 大岩弘典:潜水身体適正,レジャーダイバーのための潜水医学〜減圧症にならないために〜,水中造形センター,東京,pp. 82-100, 2012. |
4) | 大久保仁,海老原秀和:スクーバダイビングと耳圧外傷,日臨スポーツ医会誌,9, 825-831, 1992. |