宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 28-29, 2021

一般演題 8

水中立位安静時における水位が心臓の位置変化に及ぼす影響

浮田 優香1,和田 拓真2,石田 恭生1,邵 基虎1,小野寺 昇2

1川崎医療福祉大学大学院
2川崎医療福祉大学

Changes in the tricuspid valve position during standing in water

Yuka Ukida1, Takuma Wada2, Yasuo Ishida1, So Giho1, Sho Onodera2

1Graduate School, Kawasaki University of Medical Welfare
2Kawasaki University of Medical Welfare

I. はじめに
 宇宙飛行士は,宇宙空間において微小重力,放射線,閉鎖環境などの影響を受け,地上とは異なる生体反応を示す。 微小重力において腹囲が減少する1)ことから内臓の位置変化が予測される。短期間の宇宙飛行における循環系では,微小重力による体液シフトが心臓や脳の循環血液量の増加など循環系に影響を及ぼし,宇宙酔いを発症する。このことから,微小重力における内臓の位置変化による循環系への影響が,宇宙飛行士の何らかの負のストレスになる可能性が考えられる。そこで本研究は,模擬無重力環境を想定した水中において,水の物理的特性が心臓の位置を変化させると仮説立て,水の物理的特性と心臓の位置の関係を明らかにすることを目的とした。

II. 方法
 被験者は,健康な日本の成人男性10名(年齢:21.1±0.7歳,身長:172.5±5.1 cm,体重:68.5±7.9 kg)であった。水温は,心拍数,血圧などに影響が少ないとされる中立温度(36℃)に設定した。被験者には,ヘルシンキ宣言の趣旨に沿って十分な説明を行い,書面にて研究参加の同意を得た(承認番号:HSS190012)。測定条件は,陸上立位条件および水中立位条件とした。水位は,被験者の膝位,大転子位,臍位,剣状突起位,鎖骨位とした。

III. 結果
 三尖弁を起点とした心臓の位置は,陸上条件に比べて鎖骨位で有意に左側へ約13 mm,陸上条件に比べ,剣状突起位で有意に身体後部へ約10 mm移動した(p<0.05)。心拍数は,陸上条件に比べ,鎖骨位で有意に低値を示した(p<0.05)。収縮期血圧は,陸上条件に比べて大転子位,臍位,鎖骨位において有意に低値を示した(p<0.05)。拡張期血圧は,陸上条件に比べて鎖骨位で有意に低値を示した(p<0.05)。

IV. 考察
 健康な成人における左肺は,右肺より少し小さい2)。浸水により肋骨は前上方向に偏位し,腹部臓器は上方へ移動する3)。これらのことから,鎖骨水位における三尖弁の左側への移動は,水圧の影響により腹部臓器の上方へ移動し,横隔膜の挙上が引き起こされ,心臓が左肺側へ移動したと考えられる。水中立位時の静脈還流量の増減は,水位の増減に依存する5)。水位が増大すれば静脈還流量も増大し,逆に水位が減少すれば静脈還流量も減少する5)。水中立位剣状突起水位では,下大静脈横断面積が陸上で測定した値の約185%になることが報告されている5)。浸水による静水圧の作用により静脈還流量が増加し左房径,左室径が拡大する4)。これらのことから,鎖骨水位における三尖弁の左側への移動は,静脈還流量増加による左心房,左心室の容量増加により心臓の心基部が後方に傾いたためと考えられる。
 浸水時は,水圧の影響により静脈還流量が増加し,一回拍出量の増加および心拍数の減少がみられる5)。下肢へ水圧が負荷されると,下肢からの血液の還流が助けられる。水中立位時の静脈還流量の増減は,水位の増減に依存する5)。これらのことから,陸上条件と比較した鎖骨水位での心拍数の有意な低下は,水の物理的特性である水圧の影響によるものと考えられる。
 本研究から,模擬無重力環境である水中において鎖骨水位で心臓位が左肺側に位置を変えたことが示された。

VI. 利益相反
 演題発表内容に関連し,開示すべき利益相反関係にある企業等はありません。

VII. 謝辞
 本実験にご協力いただいた秋山歩巳氏,佐藤大樹氏,庄形知矢氏には心から感謝します。

文献

1) https://iss.jaxa.jp/iss/jaxa_exp/furukawa/exp2/igaku/
2) Jang-Zern Tsai, Ming-Lang Chang, Jiun-Yue Yang, Dar Kuo, Ching-Hsiung Lin and Cheng-Deng Kuo:Left-Right Asymmetry in Spectral Characteristic of Lung Sounds Detected Using a Dual-Channel Auscultation System in Health Young Adults, Sensors 2017;17(6):1323.
3) MICHAEL B. REID, STEPHEN H. LORING, ROBERT B. BANZETT, AND JERE MEAD:Passive mechanics of upright human chest wall during immersion from hips to neck. J. Appl.Physiol, 60(5), pp. 1561-1570, 1986.
4) Reiko MASAKI, Shozo KANAYA, Shunichi MORITA, Takashi MIGITA, Noboru HOTTA, Tetsuro OGAKI, Kazutaka FUJISHIMA, Toru MARUYAMA, Yoshikazu KAJI and Takehiro FUJINO:The Effect of Water Immersion on the Cardiovascular Responses in Healthy Adults in a Warmed Pool. ─An Echocardiographic Study Using the Pulsed Doppler Method─, 17, 109-114, 1995.
4) Sho Onodera, Motohiko Miyachi, Masahiro Nishimura, Kenta Yamamoto, Hidetaka Yamaguchi, Kouki Takahashi, Joo Yong In, Hiromi Amaoka, Akira Yoshioka, Takeshi Matsui and Hideki Hara:EFFECTS OF WATER DEPTH ON ABDOMINALS AORTA AND INFERIOR VENA CAVA RURING STANDING IN WATER. Journal of Gravitational Physiology, Vol 8(1), pp. 59-60, 2001.