宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 22-23, 2021

一般演題 5

体験ダイビングで耳気圧外傷を起こしたダイバーの耳管機能について

北島 尚治1,北島 明美1,2

1北島耳鼻咽喉科医院
2聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科

Eustachian tube function in introductory scuba divers with ear barotrauma

Naoharu Kitajima1, Akemi Sugita-Kitajima1,2

1Kitajima ENT Clinic
2Department of Otolaryngology, St. Marianna University School of Medicine

はじめに
 近年,海洋スポーツの普及によるスクーバダイビング人口の増加につれ,それに伴うトラブルが増加傾向にありその約8割は耳鼻咽喉科疾患とされる。当院を受診するダイバー患者の多くはCカード(certification-card)取得後のダイバーだが,旅行のアクティビティーとして体験的におこなったダイビング(以下,体験ダイビング)でアクシデントを生じて受診するダイバー患者もまれに存在する。今回,体験ダイビングで,めまいや鼓膜穿孔などの耳気圧外傷を生じた患者の耳管機能について検討し,興味深い結果を得たので報告する。

対象と方法
 症例は,体験ダイビング後に耳気圧外傷を生じ,当院外来を受診した51例(男性19名・女性32名;36.4±12.0)である(体験ダイバー群)。過去にダイビングアクシデントのないボランティア27例(男性9名・女性18名;34.3±12.9)を正常ダイバー群とし,さらにはCカード取得後に2019年度に当院初診したダイバー患者69例(男性30名・女性39名;39.8±12.7)もまた比較対象に用いた(Cダイバー群)。初診時,全てのダイバーに耳管機能検査を施行した。検査にはリオン社のJK-05Aを使用し,音響法とインピーダンス法をおこなった。ただし鼓膜穿孔を伴う場合は音響法のみ施行した。音響法では耳管開大持続時間(duration)と音圧上昇(amplitude),インピーダンス法では耳管開大圧(opening pressure)を比較パラメータとして用いた。検査結果に対しては有意差検定にはt検定を用いp<0.05を有意差ありとした。統計計算ソフトにはStat Mate 4 software (Atoms, Japan)を用いた。
 本研究はヘルシンキ宣言を遵守し治療指針や目的など十分説明し文書による承諾を得た上で行い利益相反行為の関与なく施行された。なお本研究は公益社団法人 日本医師会 倫理審査委員会 (No. R1-12)の承認を受けている。

結果
 3群における結果を(Table 1)に示す。各群間で年齢的な有意差はなかった。Cダイバーだけでなく,体験ダイバーもまた鼓膜穿孔や内耳障害などの重症例を認めた。体験ダイバー群とアクシデントダイバー群の耳管機能は正常ダイバー群と比して有意に悪く,耳管開大圧においては顕著であった。体験ダイバー群とCダイバー群との比較では,体験ダイバー群のほうが耳管機能がやや悪い傾向にあったものの有意差はえられなかった。

Table 1 Clinical findings of each divers
Age(y) Sex(m:f) Tympanic membrane
perforation
Inner ear dysfunction Eustachian tube function
Duration
(msec)
Amplitude
(dB)
Opening pressure
(daPa)
Normal scuba diver (n:27) 34.3±12.9 9:18 0/27(0%) 0/27(0%) 344.1±170.2 13.1±6.6* 395.6±221.8**,***
Accident scuba diver with C card (n:69) 39.8±12.7 30:39 8/69(12%) 19/69(28%) 323.4±371.4 10.2±9.0* 571.2±252.1**
Introductory scuba diver (n:51) 36.4±12.0 19:32 2/51(4%) 4/51(8%) 273.5±321.7 8.7±7.8* 637.2±329.3***
*:p<0.05 **:p<0.01 ***:p<0.001

考察
 体験ダイビングはダイビングインストラクターから直前に簡単な指導をうけるのみでおこなわれ,ダイビングギアを装用するのも未経験のまったくの初心者のことが多い。一般に「ダイビングのライセンスをとった」という場合,Cカードという認定書を取得したことを意味する。Cカードは国や公的機関が発行する免許書とは異なり,ダイビングの指導団体ごとで講習を受けて課題終了することで得られるダイビング認定書で,一定基準以上の知識と経験があることの証明とはなるが,スクーバダイビング自体をおこなうには必ずしもこれを取得している必要はない。体験ダイビングは,初心者のダイビングというよりも,Cカード未習得でおこなうダイビングというほうが正しいだろう。
 今回の検討で経験の有無を問わずトラブルダイバー2群の耳管機能は正常ダイバーに比して悪いことがわかった。興味深いことにトラブルダイバー2群間では耳管機能に有意差はなく,インストラクターによって十分に管理され安全であるはずの体験ダイビングで鼓膜穿孔や内耳障害などの重傷にいたる例も認められた。筆者らは,作業仮説として,体験ダイバーは主にダイビング経験が足りず未熟なためにトラブルを生じると考えていたが,これらの結果をもとに考えると,必ずしも経験だけで決まるものでではないことがわかる。
 経験以外でトラブルダイバー間に差が生じるのは潜降深度だろう。指導団体によっても異なるが,PADIにおいてはインストラクターの引率があれば,体験ダイビングでは最大水深12 m,それ以外のレジャーダイビングでは最大水深40 mまで潜降できることになっている。体験ダイビングで潜れる最大水深は12 mだが,実際はトラブル防止のために水深5〜6 m前後にとどめることが多く,正確な数値は不明だがおそらく今回の体験ダイバー群も同様と思われる。しかしながらFarmer ら1) は耳管機能障害のある状態で潜降すると水深1.3〜5.3 mで鼓膜穿孔が起こり,さらに耳抜きをせずに潜降を続けると中耳腔内の粘膜や血管が破綻して外リンパ瘻などを起こすと報告し,大久保ら2)もまた同様の報告をしており,5〜6 mの浅深度であっても耳気圧外傷のリスクはなくなることはない。海中では垂直に下降していくと下降した距離に比例して加圧されるが,ボイルの法則から,とじこめられた気体の体積変化は,同一距離を移動した場合は海表面近くにおいて最も大きくなるため,耳気圧外傷は海表面近くで最も起こりやすいともいわれる3)。Cダイバーはエントリーとエキジットを除けば浅深度にとどまることは少なく水深10 m以下まで潜降していることが多い。対して体験ダイバーは海表面から5〜6 m程度にとどまっているため大きな圧変化に曝露されやすく耳気圧外傷が生じるのかもしれない。もちろん,そこに耳管機能障害が影響するのはいうまでもない。体験ダイバーは事前に自分自身の耳管機能が悪いことを知るよしもなく,十分な治療や準備をせずにダイビングに臨むことになる。さらに耳ぬきなどの経験も少ないことも一因だろう。バルサルバ法で耳管開大ができない人は12%前後いるといわれており4),経験の乏しい体験ダイバーではさらにそれが困難となり,過剰加圧をかけるなどして重症例にいたるのかもしれない。それらの要因が重なって,一見して安全と思われる体験ダイビングでアクシデントを生じたと思われる。

結語
 体験ダイビングは,一般に安全なダイビングと認識され,旅行さきのアクティビティーとして楽しまれるが,アクシデントを生じるケースもあり,まれに重傷例となることもあるため,十分な注意が必要とされる。体験ダイビングを担当するインストラクターは,申し込みの時点で体調や既往歴を確認し必要があれば耳鼻咽喉科的治療をするようすすめた上で,耳ぬきなどのダイビングスキルを事前に十分に指導する必要があるだろう。

利益相反
 本論文に関して開示すべき利益相反に該当する事項はない。

文献

1) Farmer JC:Diving injuries to the inner ear, Ann Otol Suppl, 36, 1-2, 1977.
2) 大久保仁,寺邑公子,小山澄子他:潜水(スクーバ)事故と耳管機能について,耳喉,59, 573-578, 1987.
3) 中島務,柳田則之:耳気圧外傷,日耳鼻,92, 986-989, 1989.
4) 大久保仁:中耳腔換気の生理学,総合医学社,東京,1990, 183, 1990.