宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 20-21, 2021

一般演題 4

3Dプリント可能な人工呼吸器および使い捨て人工呼吸器の開発実用化プロジェクト

石北 直之1,2,3,木阪 智彦4,5,前田 祐二郎6,7,藤田 隆行8,9,10,中島 孝1

1国立病院機構新潟病院
2鹿児島大学歯学部小児歯科学分野
3米国火星アカデミー遠隔医療チーム顧問
4広島大学, 5インド工科大学
6京大学医学部附属病院トランスレーショナルリサーチセンター
7プレモパートナー株式会社, 8株式会社ニュートン, 9株式会社オーケー光学, 10コシェルラボ

The development of a 3D Printable Ventilator and a new Disposable Ventilators 

Naoyuki Ishikita1,2,3, Tomohiko Kisaka4,5, Yujiro Maeda6,7, Takayuki Fujita8,9,10, Takashi Nakajima1

1National Hospital Organization, Niigata Hospital
2Kagoshima University Faculty of Dentistry, Department of Pediatric Dentistry
3Mars Academy USA, Teleanesthesia advisor
4Hiroshima University
5Indian Institutes of Technology
6The University of Tokyo Hospital, Translational Research Center
7Premo Partners Inc., 8NewTON, Co., Ltd., 9OHKEI Optical, Co., Ltd., 10Coshell LAB

はじめに
 新型コロナウイルス感染症の世界的な流行に伴い,重症肺炎症例が急激に増加し,人工呼吸器の需供バランスに深刻な支障が生じた。この打開策のひとつとして注目されたのが,3Dプリント技術である。インターネット環境と3Dプリンターさえ有れば,物流の停滞を根本的に解消することが期待される。
 プロジェクトの原点は,2011年に発明した簡易吸入麻酔器「嗅ぎ注射器®」に遡る1)。特許出願を経て株式会社ニュートンの技術協力のもと開発し,2013年より宇宙伝送を目指し開発を進めてきた。
 2017年には,主要構成部品である人工呼吸器の設計図データを国際宇宙ステーションへ電送し,NASA宇宙飛行士による造形・組み立て実験に成功した2)
 本器は,ハンドル・ボディ・螺旋バネ・弁で構成される空気圧駆動の従圧式人工呼吸器である。吸入麻酔器の圧力調節弁から着想を得た。従来の弁は,呼気通路と同径の弁が,設定圧を超えた余分な空気を通していたのに対し,呼気通路より大きな径に改変し,受圧面の設定圧を超えたとき開弁することに加え,肺からの空気の流出を第2の受圧面全体で受け止め,開放時よりも小さな力で弁を浮いたまま保持できる。肺収縮の最終段階に至れば,バネの力で弁が閉じて,空気の力だけで呼吸サイクルを実現した3)
 2020年3月,宇宙プロジェクトの共同研究者であるフランスの医師Jeremy Sagetより,本技術の臨床応用について相談を受けたことをきっかけに,設計図データを無償公開し,3Dプリント製人工呼吸器を医療現場へ届ける目的で「COVIDVENTILATOR PROJECT」を有志と立ち上げた。
 プロジェクト成功の鍵は,信頼できる現地協力者と3Dプリンターの確保である。3Dプリンターは誕生から40年以上が経過し,多種多様な機種が出回っているが,どの機種が十分な品質の出力に適しているのか分かっていなかった。
 そこで,プロジェクト発足の経緯と対応機種選定の必要性をSNSに投稿し,様々なメディアを通じて国内外の3Dプリント協力者を募った。

方法
 応募ルールは1. サンプルデータのダウンロード,2. ABS樹脂を使用,3. 造形物の外観写真と使用機種名・造形設定値を#covidventilatorと共にSNSへ投稿,の3つとし,投稿された造形物の形状および積層表面を視覚的に評価した。

結果
 国内外から集まった247件のサンプルの内,明らかな造形品質不良は7件のみであり,185件は元データと遜色ない仕上がりと判断した。重大事故のリスクとなる,設計データの改造は2件,指定外樹脂による造形は22件認められた。

写真1 これまでのプロジェクト 写真2 研究成果

考察

以上より,設計図データを無償公開するだけでは課題解決できないばかりか,リスクが高いと判断し,プロジェクトチームが主体となって安全な運用方法を確立し,日本をはじめ,各国の承認申請のプロセスを突破する方針へ転換する事とした。

研究の進捗について
 医療機器として認可された3Dプリント製人工呼吸器は未だ存在しない。我々は,製造,出荷,輸送,使用の各段階で想定されるエラーを出来る限り減らすために,3Dプリントモデルの設計修正の他,追加部品,金型量産モデルの開発をした。
 研究開発,各国における薬事承認申請の手続きには多額の資金を必要とし,新潟病院からの支援の呼びかけに対し,現在までに1,000万円近い寄付が寄せられた。また,公的資金として,経済産業省/AMEDの令和2年度補正予算「ウイルス等感染症対策技術の開発事業」に採択していただき,世界初の3Dプリント可能な人工呼吸器の開発研究を一気に加速させることになった。
 •3Dプリントモデル(?VENT)
 既に5,000時間の耐久試験にクリアしている。デバイスの表面には,組み立て図をあしらい,窒息防止機構付きY字管(?TUBE)を新開発した。総重量 75 g。造形時間 14時間。
 •金型量産モデル(MicroVent® V3)
 3Dプリントモデルよりも精密な呼吸管理が可能。使い捨て,人工鼻一体型であり,世界最小,最軽量を実現した。重量 101 g。
 •喀痰吸引補助具(Sputa Vacuumer™))
 喀痰・異物による気道閉塞が生じた際に,カフアシストと同等の非侵襲的吸引(バキューミング)をマニュアル操作で行うための補助具。重量 2 g(3Dプリントモデル),3.7 g(金型量産モデル)。
 これら3種の製品は,2020年度中の申請を計画している。
 加えて,スマートフォン用アプリケーションの開発研究を進めている。マニュアル,簡易換算表のほか,身長・体重・診断名,現在のバイタル情報を入力すれば推奨換気設定値をリアルタイムで提供する。提供する設定値は,臨床使用実態のEDCシステム(Electronic data capture)によるデータ収集と解析研究結果に基づく。

利益相反
 なし。

謝辞
 株式会社ニュートン,プロジェクトチーム,プロジェクトをご支援,応援して下さった全ての方々へ深謝申し上げます。

文献

1) 石北直之:麻酔薬吸入補助装置及びそのアタッチメント,WO2012165541A1
2) 石北直之:将来の有人宇宙活動における3Dプリント簡易吸入麻酔器(嗅ぎ注射器)の有用性の検討,麻酔,68, S133-143, 2019
3) 石北直之:リリーフ弁,WO2017115866A1