宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 18-19, 2021

一般演題 3

離陸時に出現した飛行機頭痛の4例

由比 文顕

福岡和白病院脳神経外科

Four cases of airplane headache that appeared during takeoff

Fumiaki Yuhi

Fukuoka Wajiro Hospital, Department of Neurosurgery

はじめに
 Mainardi3)らの報告以来飛行機頭痛に関する報告は多いがその大半は着陸時に出現する。だが離陸時のみに出現した飛行機頭痛に的を絞った報告は殆ど見当たらない。著者は離陸時のみに出現した飛行機頭痛を4例経験した。頭部MRI所見について報告するとともに飛行機頭痛の発現機序について考察した。

対象および方法
 2017年3月31日より2019年1月15日までに福岡和白病院の関連施設である福岡和白総合健診クリニックを受診した者のうち離陸時にのみ頭痛を訴えた4例。4例全例に頭部MRI及びMRAを検査した。診察時に飛行機搭乗時の頭痛の有無および片頭痛の既往について質問した。

結果
 Case 1 48歳女性。片頭痛の既往はない。飛行機が離陸すると必ず頭痛が出現する。上空に到達するとたちまち頭痛は消失する。着陸時には頭痛は出現しない。2018年3月31日福岡和白総合健診クリニック受診。頭部MRIで透明中隔腔とベルガ腔を認めた。MRAでは異常脳血管奇形を認めない。
 Case 2 44歳男性。片頭痛の既往はない。飛行機が離陸すると離陸時にのみ必ず頭痛が出現する。上空に達するとたちまち頭痛は消失する。2019年1月15日福岡和白総合健診クリニック受診。頭部MRIでは脳室間腔を認めた。MRAでは異常脳血管奇形を認めない。
 Case 3 63歳男性。片頭痛の既往はない。飛行機が離陸すると離陸時にのみ鼻背の外側から前頭部にかけて圧迫されたような疼痛が出現する。上空に達すると疼痛はたちまち消失する。2018年2月16日福岡和白総合健診クリニック受診。頭部MRIでは左側頭部にくも膜嚢胞を認めた。MRAでは異常脳血管奇形を認めない。
 Case 4 33歳女性。片頭痛の既往がある。離陸時に拍動性の頭痛が必ず出現するが上空に達するとたちまち消失する。2018年5月30日福岡和白総合健診クリニック受診。頭部MRIでは篩骨洞に副鼻腔炎を認めた。MRAでは異常脳血管奇形を認めない。

考察
 飛行機頭痛は飛行機が離陸または着陸する際に機内の気圧が変化することにより発症する。発症機序は不明であるが離陸時と比べ着陸時に発症することが多い。最高飛行高度が5,000 m以下で大気圧が0.9 atm前後のプロペラ飛行機には飛行機頭痛の報告はないようである。最高飛行高度が10,000 mで大気圧が0.8 atm前後のジェット機の時代となって飛行機頭痛の報告は増えてきた。
 飛行機頭痛の誘因としてCase 4でみられるような副鼻腔炎の他に拡大した前頭洞は指摘されていた。Cherian2)らは飛行機頭痛を前頭洞に影響を与える気圧性外傷と考えている。そして鼻前頭管(nasofrontal tract)が圧力変化に対する感受性を増した場合に飛行機頭痛が生じるという。一方Case 1,Case 2,Case 3では頭蓋内に嚢胞性病変を認めた。頭蓋内嚢胞性病変を伴う飛行機頭痛は著者が文献を検索する限り見出しえなかった。小川4)らの飛行機頭痛8例のうち1例にキアリ奇形を認めるものの嚢胞性病変の記載はなかった。
 脳ドックで指摘される嚢胞性病変として透明中隔腔,ベルガ腔,脳室間腔がある。これらは脳正中部に認める脳脊髄液腔の嚢胞状拡張で胎生期脳脊髄液腔遺残とも呼ばれる。乳児期にはしばしば認めるが加齢とともに退縮する。しかし正常変異として成人になっても遺残することがある。まず透明中隔腔であるが脳梁と脳弓の間の膜構造物であり両側脳室全角の間に存在する。胎生期前半にはほぼ全例に認めるが耐性6カ月より閉鎖が始まる。成人では1〜15%に正常変異として認める。透明中隔腔は大きくなると視力障害,行動異常,自律神経症状が出現すると言われている。この透明中隔腔が後方へ進展したものをベルガ腔と呼ぶ。ベルガ腔は透明中隔腔と通常交通している。ベルガ腔が成人で見つかる頻度は3〜30%である。また左右側脳室体部の間にある嚢胞性病変として脳室間腔が知られている。これら胎生期脳脊髄液腔遺残であるが脳脊髄液循環路と交通している場合と交通していない場合とがある。
 Case 3に示すクモ膜嚢胞は多くの場合内外二葉に分かれたくも膜の間に脳脊髄液が貯留したものである。多くは先天性かつ無症状で男性に多い。Amelot1)らによれば側頭葉くも膜嚢胞の26.3%は偶然あるいはmild head traumaによって発見される。脳脊髄液循環路と交通路のないくも膜嚢胞が破裂すると頭痛を含めた頭蓋内圧亢進症状やepileptic disorder,脳神経圧迫症状をきたす。稀にはvisual disturbanceや耳鳴りをきたすこともある。トルコ鞍上部に位置するくも膜嚢胞では下垂体機能低下症や思春期早発症を来す発症することもある。くも膜嚢胞が拡大傾向で何らかの症状が出現したならばくも膜嚢胞と髄液循環路の間に交通をつけるためにくも膜嚢胞の壁を一部切除する開窓術が行われる。
 頭蓋内にこのような孤立した嚢胞性病変が存在した場合に大気圧の変化を脳は受けるのであろうか。頭蓋骨直下では脳組織は大気圧の影響を受けないのは明白である。だが脳が頭蓋底の大孔を経て頚髄レベルに達すると厚い筋層はあるものの頚髄および頸椎髄液腔は脊椎骨間よりわずかながら大気圧の影響を受ける可能性はあるのではないか。脳脊髄液循環路との交通を有さない孤立した頭蓋内嚢胞性病変を有している場合には離陸時の連続した大気圧下降で頭蓋内嚢胞性病変が相対的に拡大し飛行機頭痛が生じているのではないかと推測する。

 発表内容に関連し関連すべき利益相反関連事項はありません。
 脳ドック受診者に飛行機頭痛の有無を問診する機会を与えてくれた福岡和白総合健診クリニック職員の小島原紀子さん,麻生晶子さん,播磨智恵さん,福元彩さんに深く感謝いたします。

文献

1) Amelot A, Beccaria K, Blauwblomme T, Bourgeosis M, Pasternoster G, Cuny ML, Zerah M, Sainte-Rose C and Puget S. Microsurgical, endoscopic and shunt management of pediatric temporosylvian arachnoid cyst :a comparative study. J Neurosurg Pediatr 23 :749-757, 2019
2) Cherian A, Mathew M, Iype T, Sandsleep P, Jabeen A and Ayyappan K. Headache associated with airplane travel: A rare entity. Neurology India 61(2):164-166, 2013
3) Mainardi F, Lisotto C, Sarchielli P, Maggioni F and Zanchin G. Headache attributed to airplane travel “airplane headache” first Italian case. J Headache Pain 8:196-199, 2007
4) 小川達次,桑原健次,樋口じゅん,小沼武英.離着陸で誘発される頭痛─8症例での検討─.仙台市立病院医誌27:39-44, 2017