宇宙航空環境医学 Vol. 58, No. 1, 14-15, 2021

一般演題 1

旅客機における客室内空調システム―機内感染との関連性を含めて

澤本 尚哉

株式会社北海道エアシステム オペレーション本部

The cabin environment of Japanese airliners:system description from the viewpoint of disease transmission

Naoya Sawamoto, M.D., M.P.H.

はじめに
 航空運賃の低価格化によって飛行機はより身近な移動手段となっている。さらにCOVID-19拡大によって機内環境への関心が高まっている。したがって航空医学における機内環境の重要性は高まっている。一方で航空機の空調は専門性が高く,分野横断的な解説資料は少ない。そこで本論文ではそのシステムについて概説することを目的とした。なお本論文は執筆時点において本邦定期航空運送事業で使用されている飛行機(以下 旅客機)を対象とし,海外航空会社を含むその他の航空機については取扱わない。

客室内の与圧と空調の関係
 旅客機は高高度を飛行するため,快適性および搭乗者の生命維持のため与圧が必要となる。その圧力源は一部の機種を除きエンジンからの高圧の空気(bleed air)である。一方でbleed airは高温であるため,機内に送る前に調温が必要である。bleed airはエアコン装置を通ることで快適な温度へ調整されて機内へ供給される。旅客機においてエアコンと与圧は一体のシステムである。

与圧システム
 与圧は搭乗者の生命に関わる重要なシステムであり,通常は左右の2系統があり冗長性を持つ。多くはbleed airが圧力源となるが,ボーイング787型機は電気でコンプレッサーを作動させて高圧空気を作っている。
 機内の気圧の調整は減圧弁(outflow valve)と呼ばれる弁を必要量開閉することで行う。耐空性審査要領1)(以下 国の基準)では2つのoutflow valveと,負圧に対する安全弁が必要とされる。

機内の調温システム(エアコン)
 高温であるbleed airの一部はair cycle machineと呼ばれる断熱膨張装置に入り冷たい空気となる。旅客機ではこの冷たい空気とbleed airの混合比を変えることで所望の温度に調整している。これがエアコンでありair cycle machineを含むこれら一体構造をair conditioning packあるいは単にpackと呼ぶ。

客室の換気と再循環
 客室内の換気は国の基準1)で決まっており,1人あたり0.25 kg/分以上の新鮮な空気を送る必要がある。この基準と機体容積を用いて単純計算すると,数分から5分程度で機内の空気が入れ替わる事になる。ここで新鮮な空気とはbleed airのことであり,前述のoutflow valveから余剰空気が排気されることで機内の空気が入れ替わる。
 一方で,bleed airを抽気するとエンジンへ負荷がかかるため,ある程度再循環させてbleed airを節約している。具体的にはrecirculation fanにより客室内の空気を吸い取って再循環している(以下recirc系統)。Recirc系統からの空気はmixing chamberと呼ばれる混合器に送られ,packからの空気と混合して機内へ再循環する(図1)。
 エアコンからの空気は天井から吹き出し,床下のrecirc系統で回収されるため,機内の空気の循環は上下方向の層状となる。またRecirc系統には一部の旅客機を除いてHEPA (High Efficiency Particulate Arresting)フィルターが装着されている。

機内環境と感染伝播
 航空機は単位体積あたりの搭乗者数が多い乗り物であるが,空気の循環やその質の点で感染伝播に強いと言える。
 まず空気の循環は上下方向の層状であるため,前後方向の空気の流れが少なく,浮遊粒子は水平伝播しにくい2)。次に空気の質について,5分に一度程度は外気で換気されたうえ,HEPAフィルターで濾過されている。これをアメリカ疾病予防医学センター(CDC)の感染者隔離用個室の条件と比較してみる。CDCでは室内の換気回数は12回/時以上,そのうち2回以上は外気で換気すべきとしている3)。さらに空気を再循環させる場合はHEPAフィルターを装備すべきとしている。旅客機はこれらの条件をも満たしていることになる。
 なお一部の旅客機では,操縦室にはmixing chamberを介さず新鮮な空気のみ送られる仕組みとなっている。これは機内環境を職業医学的に考える際に重要であろう。

図1 ① エンジンから取り込まれた高圧・高温のbleed airは ②packへ入り空調される。③ 空調空気は天井から吹き出し④ 床下のrecirc系統に回収され ② mixing manifoldに混合され再循環する。⑤ outflow valveから余剰吸気を排出し与圧を調整するとともに換気も行われる。なお機内の空気循環が上下方向の層状であることに注目されたい。

HEPAフィルター
 HEPA フィルターは0.3 μm の粒子を 99.7%以上捕捉する規格である。詳しい原理は成書に譲るが,小さな粒子径に対してはブラウン運動を利用した捕集を行っている。つまり小さな粒子径ほど補足されやすくなり,0.3 μmより小さい粒子も補足されることに注意したい4)
 一部の旅客機ではHEPAフィルターが装着されていない。メーカーによっては感染症患者搭乗時にはrecirc系統を止めることで,空気を再循環させないように推奨している機種もある。しかしフィルターがHEPA規格を満たさずとも一定程度の粒子捕捉効果があることや,換気頻度・空気の流れを考えれば,HEPAフィルターの有無のみで機内環境の議論を行うのは軽率であろう。

機内感染事例の解釈
 今までに機内感染の報告は多くなされているが3),後方視的疫学調査には限界があることに注意したい。例えば潜伏期間から機内感染を推定した場合でも,搭乗直前の待合室で感染した可能性は否定できないだろう。
 現在までに空調から拡散したと断定する報告がないことや,感染例が近接列に集中する傾向を鑑みれば,少なくとも近接列での飛沫感染は避けられない課題といえる。加えて,故障等で空調が作動していない場合は,文字通り密閉環境となり,実際に感染拡大が起こりうることには注意したい5)

まとめ
 旅客機には様々な機種がありシステムも異なるが,主要なジェット機のみを旅客機として述べている先行研究が多い。本論文では執筆時点における本邦の旅客機すべてを対象として一般論を述べた。航空医学の専門家は,できるだけ多くの機種について知識を持ち,科学的根拠に基づく情報を世間にわかりやすく発信していくよう努力すべきである。

利益相反
 なし

謝辞
 株式会社北海道エアシステム整備部の木村匡さんには技術的アドバイスを頂き感謝申し上げます。

文献

1) Iijima M, Gombodorj N, Tachibana Y, Tachibana K, Yokobori T, Honma K, Nakano T, Asao T, Kuwahara R, Aoyama K, Yasuda H, Kelly M, Kuwano H, Yamanouchi D. Development of single nanometer-sized ultrafine oxygen bubbles to overcome the hypoxia-induced resistance to radiation therapy via the suppression of hypoxia-inducible factor-1α. Int J Oncol., 52, 679-686, 2018.
2) Olsen SJ, Chang HL, Cheung TY, et al.:Transmission of severe acute respiratory syndrome on aircraft. N Engl J Med 349, 2416-2422, 2003.
3) Sehulster L, et al.:Guidelines for environmental infection control in health-care facilities. Recommendations of CDC and the Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee (HICPAC). MMWR Recomm Rep, 52, 1-42, 2003.
4) 上島寉也:エアフィルタユニットの性能.エアロゾル研究,4(4), 265-277, 1989.
5) Moser MR, Bender TR, Margolis HS, et al.:An outbreak of influenza aboard a commercial airline. Am J Epidemiol, 110, 1-6, 1979.