宇宙航空環境医学 Vol. 57, No. 2, 65, 2020

ニュースレター

4. 第64回大会関連 (2)第64回大会に参加して
最優秀論文賞を受賞して

田川 善彦

久留米大学医学部整形外科学教室

 この度,日本宇宙航空環境医学会の最優秀論文賞に選出いただき,誠にありがとうございます。大変,光栄に存じます。対象となりました論文“拮抗筋電気刺激を有するサイクリング運動モデルによる酸素摂取量シミュレーション”は,マイクログラビティにおける身体の廃用性萎縮対策としてのサイクリング運動に対する計算機シミュレーションです。医学領域である当学会に計算機シミュレーションの役割を評価していただいたことは望外の喜びです。
 シミュレーションには市販のモデリングシステムが提供するバイクモデルを用い,これに拮抗筋電気刺激ハイブリッドトレーニングシステムHTSを付加したサイクリング運動モデルを構築しました。1 g下サイクリングの酸素摂取量のシミュレーションと実験の結果の比較・検証から,モデルの妥当性を示し,0 gでの運動特性の予測や最適運動条件の提示を通して,地球外における健康維持と運動設備の効率的運用に寄与することを意図した論文です。0 g最適サイクリング条件の算出に,地上での日常生活活動における酸素摂取量と膝関節反力を指標として与えていることがユニークな点です。
 当該論文後,HTSの効果および筋減弱を想定した高齢者サイクリングモデルでの膝関節反力が実験値とよく一致することを明らかにしました。また同モデルでは,膝関節の伸筋・屈筋の同時収縮が顕著となり,ペダル踏込時のペダル力やペダリング効率(クランク接線力÷ペダル合力)が低下する,高齢者サイクリング運動の実験結果と同様の傾向を確認しました。また短半径遠心リカンベント型エルゴメータ運動への人工重力の影響を検討しました。これらの成果は論文として発表いたしました。
 以上のように,近年の進歩したモデリングとシミュレーションの技術は,精密に構築された全身の筋骨格モデルの利用を可能とし,運動における身体の限界や最適条件,さらに筋や関節への負荷に関する知見などを得るのに適した強力なツールとなっています。私がヒトの二足歩行の力学特性について計算機シミュレーションを開始した40数年前は,歩行の数式モデル導出とプログミングを行い,現在のパソコンより性能が劣る計算機を用いておりました。現在では,格段に向上した計算性能・メモリ容量・グラフィック表示機能・プログラム表現形式などを背景に,各国のプロジェクトチームが精密な筋骨格モデリングシステムを市販あるいはフリーで提供しています。そうしたシステムの妥当性は実験結果との比較・検証によってなされますが,ユーザも独自の実験結果との比較・検証を行いシステムの信頼性向上に寄与することが計算機シミュレーション分野への大きな貢献となります。バイオメカニクス研究が主目的であれば,それらの精密なモデリングシステムを利用することで新たな知見を得ることは可能と思われます。力学・運動学などの知識が必要ですが,それ以上にモデリングシステムを用いたモデル構築の方法に苦労しました。これには市販ソフトのライセンス維持による相談窓口の活用が可能であり,“このようなコマンド,テクニックがあったのか”という経験を何度もしました。習熟には時間がかかります。
 マイクログラビティにおける廃用性萎縮への対策は実験による検討が主ですが,費用,時間,実験条件の制約などの問題が考えられます。こうした分野には計算機シミュレーションが一定の役割を果たせる,と信じております。継続してヒトを対象とする領域におけるシミュレーション技術のすそ野を広げて行きたいと考えておりますので,今後とも宜しくお願い申し上げます。