宇宙航空環境医学 Vol. 57, No. 2, 53, 2020

ニュースレター

3. 各分科会だより (2)東北宇宙生命科学研究会
東北宇宙生命科学研究会から

吉岡 利忠

担当理事

 昨年の日本宇宙航空環境医学会大会(2017年(平成29年)11月16日〜18日)は久留米大学の志波直人教授の下で執り行われた。本学会大会は63回を数え長い歴史をさらに積み重ねている。
 ほぼ,2年おきに東北宇宙生命科学研究会が本大会時に企画されている。本研究会のこれまでの経緯や開催内容はこのニュースレターや機関誌などに記録として掲載されている。宇宙,航空および環境に関する最近の情報を主体とした講演を,特に“東北”地方に位置する大学,研究機関や企業などからの講師によって行われている。今回は,青森県六ケ所村にある(公財)環境科学技術研究所(IES)・生物影響研究部主任研究員である杉原崇氏が担当した。タイトルは「低線量率放射線照射によるマウスへの健康影響について」であり,その内容は大会抄録集に要旨がありまた機関誌に掲載予定である。要約すると,これまでは高線量の放射線を短時間照射することによって得られる低線量域への生物体の影響を見ているため,低線量率長期被ばくによる人体健康あるいは生物へのリスクは明確に評価できていない。宇宙や航空における低線量率被ばくあるいは原子力関係施設からの漏れ(事故などで)により,長期間被ばくした場合を想定し動物実験が行われている。物凄い量のマウスを用い,分子・細胞レベルの研究ではタンパク質,染色体,遺伝子への影響を分析し,組織・個体レベルの研究では免疫系,造血系などの変化,発生,胎児期への影響,さらには子孫への係りなどについて杉浦崇氏は熱く報告していた。現在,上記すべての研究が同時に進められており,将来的には莫大な研究成果が期待される。
 さて,六ケ所村尾駮沼(おぶちぬま)周辺には国が関係する原子燃料サイクル施設,再処理工場,ウラン濃縮工場,低レベル放射線廃業物埋設センターなど原子力関係施設があり,またIESや量子科学技術研究開発機構などの極めて重要な研究施設がある。特にIESには,低線量生物影響実験施設,生態系実験施設,全天候型人工気象実験施設がありそれぞれ精力的に研究が行われている。この3施設の総面積はかなり広大であり,十分な研究機器が揃っており海外からの研究者も多い。
 20年近く前に著者は生態系実験施設で稼働していたいわゆるミニ地球(CEEF;Closed Ecology Experiment Facilities,閉鎖環境施設)内に二人の訓練を積んだ健康成人男性の被験者(エコノート)の健康を管理する機会を得た。著者の研究室(弘前学院大学)との間でテレビ回線を開設し,朝夕,ミニ地球内のエコノートの表情を含めた行動などを観察しバイタルサインをチェックした。閉鎖居住実験では,エアロックを閉鎖し空気を内部循環させエコノート2人の居住とともに食用とする植物(葉物,ピーナッツなど)を育て動物(ヤギ2頭)を飼育した。1週間の閉鎖居住実験を3度行うという壮大な実験であった。将来,地球外に居住するという想定が基本にあった。この研究成果は多くの学術専門誌などに報告され,国際シンポジウムも六ケ所で開催された。数年前にこの研究プロジェクトは一つの区切りを迎えた。
 このプロジェクトに引き続き,現在,本学も関係し人体内代謝実験調査が開始されている。大型再処理施設の稼働に伴い大気中に排泄される放射性炭素(14C)とトリチウムは,ヒトの被ばく線量評価上重要な核種であることから,被験者に14Cの代替としての安全性の高い安定同位体である13Cを用い,それを3大栄養素にラベリングし,摂取後の排泄推移を分析するという研究である。
 次回,その機会があれば研究の進捗状況などをニュースレターに投稿したい。