宇宙航空環境医学 Vol. 57, No. 2, 44, 2020

ニュースレター

4. 各分科会だより (2)宇宙航空環境医学若手の会
宇宙航空環境医学若手の会シンポジウム「宇宙旅行〜私も宇宙へ行けますか?」

水野 光規1),河野 史倫2)

1)あいち小児保健医療総合センター・総合診療科部・救急科
2)松本大学大学院・健康科学研究科

 宇宙航空環境医学若手の会は,第62回大会(10月13日〜15日,愛知医科大学)にて公開シンポジウムを開催致しました。「宇宙旅行〜私も宇宙へ行けますか?」というテーマを掲げ,民間宇宙旅行産業の最前線で活躍中である緒川修治氏(PDエアロスペース株式会社),浅川恵司氏(株式会社クラブツーリズム・スペースツアーズ)の両氏を招き講演いただきました。
 準軌道宇宙飛行による短時間の宇宙旅行は,民間企業で販売される時代となっています。より一般化すれば多くの人が生涯一度は宇宙空間(微小重力空間)を体験できる時代も訪れると考えられます。さらに,準軌道宇宙飛行を活用し2地点間移動時間が大幅に短縮すれば,観光のみならずビジネスへの利用も見込まれるでしょう。宇宙とよばれる高度に関する明確な定義はないものの,国際航空連盟の定義する高度100 km以上がよく用いられ,Karman Lineと呼ばれています。高度100 km未満でも「宇宙旅行」と呼ばれる商品は存在します。現在提供されている宇宙旅行は,(1) 軌道飛行,(2) 準軌道飛行,(3) その他に分類することができます。(1)軌道飛行は,宇宙ステーションへの滞在等が該当し,20〜40億円の費用と十分な訓練が必要です。(2)準軌道飛行は弾道飛行ともよばれ,短時間の宇宙空間滞在を経験するものです。25万米ドル(約2,700万円程度)で販売中の民間企業もあり,実現に向け実機試験が進められています。他にも,より低価格での準軌道飛行実現に向け準備を進める企業もあります。(3)その他では,高度100 km未満ではありますが準軌道飛行(約60 km)や気球・パラフォイルを使用した成層圏飛行(約36 km)で,宇宙空間と青い地球を眺める旅行の実現に向け準備を進める企業があります。またパラボリックフライトによる無重力体験や宇宙旅行訓練を企画販売する企業は本邦でも既に存在し催行実績もあります。
 宇宙飛行士の健康管理の分野では,宇宙飛行士を「宇宙に赴き宇宙で作業をする労働者」ととらえ,労働条件に起因する健康障害を予防し,健康と労働能力の維持および促進,安全と健康が確保できるよう作業環境と業務を適切に管理すること等について研究が進んでいます。宇宙飛行士は特殊訓練に臨み,健康な身体を維持すべく医学検査や運動栄養指導等を受け,また緊急時の応急処置が互いに可能な体制を整えています。民間の宇宙旅行会社による宇宙旅行においても一定の訓練は必要となる場合も多いが,宇宙旅行の種類・内容に応じて,その旅行者に求める訓練や健康基準については労働者である宇宙飛行士のものとは異なります。微小重力環境においては,筋変化,骨量減少,循環器系変化,視覚障害,頭蓋内圧の変化,前庭神経系への影響(宇宙酔い),宇宙放射線などの研究が進められています。宇宙旅行においては旅行者が行く高度,滞在時間,微小重力空間での行動内容等により宇宙飛行士ほど厳格な対策が必要でない項目もある一方,訓練や健康管理が不十分な民間人にいまだ高額な宇宙旅行という商材を販売する以上,宇宙酔い対策など旅行者の満足度を損なわないための対策が必要となったり,応急処置をはじめ旅行者の安全管理が可能な体制など,旅行ならではの対策が必要となります。これらの問題を新たな目標として設定し,我々宇宙航空環境医学若手の会も宇宙旅行の実現・発展に寄与すべく当分野の研究推進に取り組んでいきたいと考えています。