宇宙航空環境医学 Vol. 57, No. 2, 36, 2020

ニュースレター

4. 特別寄稿 (2)研究奨励賞を受賞して

大平 友宇

智辯学園 奈良カレッジ

 研究奨励賞という身に余る賞をいただきまして,大変恐縮しています。ありがとうございました。
 げっ歯類の最長宇宙飛行期間が22日であった折,91日間にわたるマウスの宇宙実験が実施され,その頸筋を分析する機会を与えていただきました。NASAやイタリア人研究者たちと合同で実施された地上コントロール実験における解剖等にも参加し,すばらしい体験もさせていただきました。
 マウス頸筋は,主として速筋線維で構成されているものの,頭の位置を維持する抗重力活動に貢献しています。ところが,重力レベルに応じたどのような可塑性を有するのか不明なままです。そこで,長期間の微小重力環境暴露や(抗重力活動を増大すると思われる)head-down tilt姿勢および2-G環境への暴露が,マウス頸筋のタンパク質発現に如何なる影響を及ぼすのか追求する目的で本研究を実施しました。8週齢のオスwild type C57BL/10Jマウス3匹とosteoblast stimulating factor-1を過剰発現するトラスジェニックマウス3匹を,2009年8月28日にスペースシャトル・ディスカバリー (STS-128) で打ち上げ,3カ月間国際宇宙ステーションの「きぼう」で飼育しました。その後,(残念ながら生きたまま生還したのはwild type 1匹とトラスジェニックマウス2匹のみでしたが) 11月27日にアトランティス (STS-129) で帰還しました。同種マウスを,同飼育装置(mouse drawer system,床面:11.6×9.8,高さ:8.4 cm) または通常のケージで同期間飼育した地上コントロール実験,さらに,後肢懸垂および2-G負荷実験も実施しました。
 CO2吸入により安楽死させたこれらのマウスより,両側の頸筋を採取し,液体窒素で瞬間凍結しました。地上コントロールマウス遺伝子発現にwild typeとトラスジェニックマウス間に顕著な違いが見られたので,我々はwild type マウスのみで宇宙飛行等の影響を追求しました。左筋では横断切片の分析を行い,右筋は粉末化し,その一部を使用してマイクロアレイ解析およびiTRAQ®法を用いたプロテオミクス解析を行いました。解析した4,000種の遺伝子のうち,宇宙滞在により発現が亢進(2倍以上)されたものが125種,抑制(1/2以下)されたものが117種確認されました。一方,タンパク質発現は,宇宙飛行により28種が亢進,9種が抑制されました。これらのタンパク質の機能をデータベースを基に調べた結果,免疫反応や酵素活性,ミトコンドリア代謝,タンパク輸送等に関与していることが明らかとなりました。
 抗重力活動を増大するという仮説に基づいて実施したhead-down tilt姿勢での後肢懸垂および動物用遠心機を使った2-G環境への暴露でも,宇宙飛行と似たような変化が認められました。後肢懸垂および遠心負荷開始1週間くらいは頭を持ち上げようとする動作が見られましたが,そのうちにこのような行動はせず,頭を床に置いたままの姿勢を維持したため,抗重力活用は抑制されたままになっていました。一般的に速筋の特性は宇宙飛行等による抗重力活動の抑制に対して変化しないと考えられていましたが,速筋が更に速筋化するという結果が得られました。今後は本研究で得られた示唆等を地上での健康科学研究に活かせるようがんばります。