宇宙航空環境医学 Vol. 57, No. 2, 34, 2020

ニュースレター

3. 各分科会だより (1)宇宙航空環境医学会若手の会『航空医学の未来のために〜現状とその極限を知る』

水野 光規1,河野 史倫2

1あいち小児保健医療総合センター 総合診療科部 救急科
2松本大学大学院 健康科学研究科

 航空医学を中心にして1955年に発足し,60年の歴史を持つ日本宇宙航空環境医学会。その歴史の中で,航空医学に関する数々の叡智が積み重ねられてきた。しかし過去の研究をいかに理解し未来につなげていくかは容易ではない。今回,若手の会シンポジウムとして「航空医学の未来のために〜現状とその極限を知る」という企画を提案し,第61回日本宇宙航空環境医学会大会の際にお時間を頂戴することができた。
 計画は次のようにした。過去の航空医学の報告等から「過去」を知る。「現在」その限界がはっきりしていないと思われる,極力身近な問題を複数とりあげ,その限界を探る。そして「未来」への研究課題となりうる問題点を抽出する。
 具体的な進行方法は次のようにした。本学会若手の会に事前アンケートを実施し課題を抽出して作成した「航空医学の限界」を問う設問に対して,大会会場において参加者にアンケートを実施,大会第3日目の若手の会において各設問に対して議論を行った。議論の参考とる資料を準備し,未知または不確定の項目に関しては,会員やエキスパートの意見を参考に議論を進めた。限界がはっきりしない点に関しては,若手の会の未来への課題とした。
 アンケートは61枚配布し,32枚回収できた(回収率52%)。【設問1】「航空機のパイロットが操縦時,黄色い輪のようなものが見えることに気が付きました。パイロットは視力が落ちた自覚はありません。すみやかに眼科受診をすすめた方がよいでしょうか?」本設問は24名(75%)がYesと回答した。中心性漿液性脈絡網膜症に関し航空医療において認知度を広める啓蒙的設問であり,篠島亜里先生(日本大学 医学部 視覚科学系 眼科学分野)より解説頂いた。【設問2-1】旅行者血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)と定期旅客航空機内で診断できるかに関する設問であり,大本将之先生(久留米大学病院 整形外科 リハビリテーション部)の提案をもとに典型的症例を提示し丸目恭平先生(国立循環器病研究センター 心臓血管内科)に解説頂いた。なかでもWellsスコアは病歴と臨床徴候,心拍数で肺血栓塞栓症の可能性予測をするため,航空機内における有用性が検討された。また水野光規にて,航空機内に装備されている救急医薬品・医療用具について現状と問題点について解説した。【設問2-2】肺血栓塞栓症が強く疑われる場合,決定的治療につなげるための問題点について検討された。緊急着陸を選択したとしても,救命救急センターまでが遠い,入国審査や地上係員などグラウンドハンドリングに要す時間などが問題点として挙げられ,各空港における救急医療体制調査の必要性が挙げられた。【設問3】太治野純一先生(京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻)より紹介のあった“sleeping box/pod”と呼ばれる寝台座席の旅客機について航空医学の観点から議論した。乗客として乗りたいかとの問いには,ほぼ半数ずつに賛否が分かれた。離着陸時や緊急脱出の安全性が確保されればよいという意見や,旅行者血栓症をむしろ増加させる可能性について意見が出された。【設問4-1】筋ジストロフィーを例に,人工呼吸器装着患者の航空機旅行に関する設問であり,樋口勝嗣先生(愛仁会高槻病院 神経内科)より解説を行った。定期旅客機に医療機器を持ち込む際の調整方法や注意点について,特に電源やバッテリー持込みのルールについて水野光規から追加解説を行った。【設問4-2】先天性中枢性低換気症候群(CCHS)を例に,人工呼吸器装着患者の長距離国際線旅行について検討した。機内高度(0.8気圧)での呼吸の安定性や,酸素・医療機器の準備に関して,またPatient Transport Compartmentについても紹介された。
 今回の若手の会シンポジウムを通じて,航空医学の過去を横断的に知り,現在の知見とその限界点について考えることができた。航空医学には身近な事項でも未解決の問題が多いことが認識でき,未来への研究課題抽出の一助となることができたら幸いである。