宇宙航空環境医学 Vol. 57, No. 1, 1-13, 2020

提言

加齢付加検査における問題点と航空身体検査制度への提言

�燗Y　一典，五味　秀穂

航空医学研究センター

Problems in the System of Additional Medical Examination for Aging Pilots and Proposition for Aviation Medical Examination System

Kazunori Takazoe, Hideho Gomi

Japan Aeromedical Research Center

ABSTRACT
　In Japan, additional medical examination for aging pilots （AE） has been conducted in accordance with the extension of pilot’s age limit since 1996.　In 2013, screening test before AE at age 60 was commenced.　In 2015, age limit was extended to until just before age 68.　And AE at age 63 was replaced by that at age 65.　It is conceivable that AE has played a significant role in ensuring safety in the sky.　However, we, as aviation medical examiners, see several problems about this system.
　First of all, AE and regular aviation medical examination （RE） are independent and not connected organically.　Separate questionnaire form is provided for each.　Interval of ECG is different between them.　AE except those done at age 60 and 65 contains only one or two examination items, and we do not see any necessity that they should be conducted separately.　Furthermore, an applicant who receives RE at the end of 59 does not have to undergo the next one for nearly one year by the regulation for RE, which contradicts with the stipulation requiring AE every 6 month after age 60.　Timing of AE and RE is not firmly determined and often gets out of synchronization due to ‘45 days rule’ for RE and the timing of initial AE.　Both examinations should be integrated to solve those problems.
　Second, significance of screening test is equivocal.　An applicant passes it if the values including blood pressure and lipid profiles meet the criteria irrespective of whether they are medically treated or not.　This may promote an applicant to start medication just before screening test just to pass it, which we think that goes against the purpose of screening.　Furthermore, impaired glucose tolerance （IGT）/diabetes is not included in the test.　Even in RE, lipid profile and IGT/diabetes are not included despite them being indispensable to treat as risk factors for lifestyle related diseases.　In Australia and New Zealand, where there is no pilot’s age limit, cardiovascular risk assessment including the above items is adopted in RE.　Japan Atherosclerosis Society has provided a guideline for management and treatment of dyslipidemia to prevent coronary disease through assessment by risk factors including impaired glucose tolerance.　It would be feasible to manage risk factors from young age if such a tool was adopted into aviation medical examination system of Japan.　Screening test should be abolished and AE items should be conducted for every class I pilot wishing to fly beyond age 60.
　We propose the changes as stated above, which we believe that would lead to more efficient aviation medical examination procedures and further ensurance of safety in the sky.

（Received:27 January, 2020　Accepted:30 July, 2020）

Key words:additional medical examination for aging pilots, aviation medical examination, screening test, cardiovascular risk assessment

　加齢航空機乗組員（加齢乗員）が航空身体検査証明に係る検査に加えて受検すべき検査（加齢付加検査）は，我が国で乗員の年齢制限延長の歴史的経緯から確立されてきた制度である。1991年に無償運航から始まった年齢制限の緩和（60歳から63歳未満まで）が1996年に有償運航に拡大された際，それがICAOの推奨する年齢制限60歳を超えるものであったため，安全を担保するため発足した検査制度である。乗員は，客席数が60席を超える又は最大離陸重量が25,000kgを超える民間航空機において60歳の年齢を超えて乗務を希望する場合に合格していなければならず，また客席数が60席以下かつ最大離陸重量が25,000kg以下の民間航空機においては62歳の年齢を超えて乗務する場合に受検する必要がある。年齢制限はその後2004年に65歳未満までに延長され，それとともに加齢付加検査制度の見直しが行われた。すなわち，加齢付加検査は初回60歳時の施行とともに63歳時にも施行されることとなった。年齢制限はさらに2015年に68歳の誕生日直前まで飛行可能となり，その時点でさらに検査制度の見直しが行われて，63歳時の加齢付加検査廃止と新たに65歳時の施行が義務付けられた。Table1に加齢付加検査項目を示す。初回に施行する検査項目としては現在，安静時心電図，血清脂質，トレッドミル運動負荷検査，ホルター心電図，心エコー検査及び頭部MRI検査が設定され，合格基準が定められているが，65歳時の検査項目としてはそれら初回に実施する項目に加えて脳波を施行し，トレッドミル運動負荷心電図，ホルター心電図及び心エコー検査のいずれかにおいて虚血が疑われる場合にさらに冠動脈CTを行うことになっている^6）。59歳から60歳となり，また64歳から65歳になり航空業務を継続するためには，加齢付加検査は実際にはそれぞれ59歳時，64歳時に受検することが必要である。そして加齢乗員は加齢付加検査を半年に一度受けなければならない。なお，2013年にスクリーニング検査（Table2）が新たに導入された^6）。初回加齢付加検査受検前に本検査に合格すれば，加齢付加検査全項目を受けなくてよい，という制度である。Table2に示す基準を満たすことが確認されれば加齢付加検査は免除される。なお，コレステロール値や血圧値は，内服をしているか否かにかかわらず，数値が基準を満たせば合格判定が得られる。2020年1月現在，上述の項目で加齢乗員に対しての身体検査が行われている。
　一方，通常の航空身体検査としては，Table3に提示した内容が実施されている^{7，8，10）}。加齢乗員は現実には通常の航空身体検査を初回受検することはないため，更新時の検査項目が適用される。航空身体検査証明の有効期間は，定期運送用操縦士/事業用操縦士については，60歳未満は1年，60歳以上では半年である。
　加齢付加検査は現在まで空の安全を確保するにあたって，重要な役割を果たしてきたものと考えられる。しかしながら本検査制度を実際に運用している指定航空検査医（以下，指定医）として種々の問題点が感じられる。それらを大きく2点に整理し，それぞれにおいて細かく具体的に指摘し，解決策を提言したい。

1.　加齢付加検査と通常の航空身体検査との関係について
　まず第一に，加齢付加検査は，乗員全体が受けなければならない通常の航空身体検査に追加された形で行われているが，両者は独立してしまっており有機的につながっているとはいいがたい。具体的にその状況と要因となる点を以下に述べる。

（1）　問診表の重複及び心電図検査間隔の不一致:航空身体検査時と加齢付加検査時において別個に問診表（それぞれ，航空身体検査証明申請書の左側の自己申告欄^11），加齢航空機乗組員用健康調査票（様式3）^6））が存在する。特に航空身体検査時においては，近年，航空身体検査証明申請書の自己申告欄を補足する目的で新たな文書（航空身体検査証明自己申告確認書^9））が追加され，航空身体検査に限っても2種類の問診表の記入が必要となっており，加齢乗員は少しづつ異なる3種類の問診表に記載することが求められている。航空身体検査全体としてみれば，問診表は共通であるはずであるが，設問の差異により抽出される情報が異なる。例えば，加齢航空機乗組員用健康調査票には「過去6か月間に医療機関を受診した」，「過去1年間に1週間以上の病欠をした」といった設問が用意されており，「yesの場合詳細」を記入する欄があり，時期や期間までが申告されやすい。他方の航空身体検査証明申請書の左側の自己申告欄及び航空身体検査証明自己申告確認書にはその項目はなく，「その他」の欄に記入することになる。「その他」である場合，疾患自体記載されない場合があり，また病名や年齢は記載されても，時期や期間まで記載されないことも多く，指定医がさらに聞き出す必要がある。航空身体検査証明申請書の左側の自己申告欄になかった記載が，加齢航空機乗組員用健康調査票で記載されるといったことも実際におきている。問診票が統一されていればこのような現象はおこらないであろうと思われる。ちなみに，上記の加齢航空機乗組員用健康調査票における「医療機関の受診」や「病欠」といった点からの質問の仕方の方が，最近の疾患をより抽出しやすいのではないかと考えている。
　また心電図は，通常の航空身体検査においては40歳以上で1年毎に施行される（Table3）が，加齢付加検査では毎回施行すなわち6か月に1回行うことになっている（Table1）。つまり，ある時は航空身体検査で施行した心電図を加齢付加検査でも判定に使用し，ある時は加齢付加検査のためだけに心電図をとるという状況である。この違いが存在することが重要な意味を持つとは考えにくい。加えて，初回と65歳時は検査項目は多いが，それ以外の時期の検査の少なさ，特に6か月目に施行する検査内容の希薄さがある。Table1に示すように，多くの検査項目を施行する初回と65歳時に対して，6か月ごとに施行するのは問診と心電図のみであり，1年毎にはそれらに血清脂質検査が追加されるのみである。6か月ごとに施行している通常の航空身体検査からわざわざ別個に加齢付加検査のために書類を作成して申請・判定する必要性は見出しにくい。
　上記については，加齢付加検査を航空身体検査に統合すれば，問診票記入の重複，問診票間での差異，心電図検査の施行間隔のちぐはぐさが解消（心電図は半年に1回施行に統一可能）し，作業の煩雑さがなくなるものと思われる。さらには，通常の航空身体検査における上述した2種類の問診表についてもそれらの内容は重複しており，航空身体検査証明自己申告確認書を参照文書にとどめ，記入しないで済むようにするなどの方法をとれば，またそれぞれ片方に不足する項目があるのならばそのことを考慮してその内容を他方に追加すれば，一本に融合できるのではないだろうか。現在，航空局において電子申請システムの構築作業が進んでいると聞いており，上記も考慮に入れた手続きの簡略化を希望するものである。

（2）　60歳を超えても1年近く通常の航空身体検査を受けないですむ状況が発生しうること:航空身体検査制度上は60歳以上になれば通常の航空身体検査も年2回必要となるにも関わらず，59歳終了近くに同検査を受けると59歳時点での規則が適用されて60歳を超えても1年近く同検査を受けないということが発生する。これはすなわち59歳時に受検すれば航空身体検査証明の有効期間が1年間保証されるためであるが，この免責には矛盾を感じざるを得ない。60歳になった時点で60歳未満の乗員に対する通常の航空身体検査の有効期間が継続するという規則は解消し，6か月ごととすべきではないだろうか。

（3）　加齢付加検査と通常の航空身体検査のタイミングがあいまいで，両者を施行する時期がずれること:通常の航空身体検査には「45日ルール」という航空身体検査証明の有効期間に関する規程がある。本規定は，航空法施行規則第六十一条の三の中で，「〜航空身体検査証明の有効期間が満了する日の四十五日前から当該期間が満了する日までの間に新たに航空身体検査証明書を交付する場合は，その交付日から，当該期間が満了する日の翌日から起算して，（中略）技能証明の資格ごとに，（中略）定める期間が経過する日までの期間とする。」と定められたもので，上記の場合交付日から1年で次回の満了日が来るのではなく，更新の申請が有効期間の満了する日の手前45日以内であれば，更新の交付日にかかわらず，満了日から次の一年間が有効期間となる，ということである。別の言い方をすれば，更新後の航空身体検査証明書の有効期間は，最長1年と45日となりうる，ということである。一方，加齢付加検査は，航空身体検査を受けた同月の範囲内で受検し指定医の判定を受ける（例，8月に航空身体検査を受けたら，8月以内に加齢付加検査の申請も提出して判定をもらう），という原則がある。ところが，通常の航空身体検査における45日ルールが加齢付加検査には適用されない。この事実に起因すると考えられる有効期間のずれから，加齢付加検査の判定を通常の航空身体検査の判定前に行わなければならないという現象がおきることが多々あるのである。航空身体検査を受けるまで加齢付加検査の判定を待っていると，加齢付加検査の有効期間が切れてしまうためである。実際，前述の（2）の状況の時にも，航空身体検査が行われないまま6か月目の加齢付加検査が施行されその判定を行う，ということが出てくるため，ここでも上記の原則があてはまらない。
　両者の時期がずれる原因としてはもう一点考えられる。59歳時点で初回加齢付加検査を受けた場合，その時期には通常の航空身体検査の更新時期になっていないことが多いため，60歳時の通常の航空身体検査の時期と，初回の次の6か月目の加齢付加検査のタイミングによっては，時期がずれる要因の一つになる。この場合ずらさないようにするために，例えば，初回受検後から極めて短期間で6か月目の加齢付加検査を受検する，といった手続きが必要になる場合がある。
　そこで上記（2）で述べたような新たな設定にすれば，通常の航空身体検査を受けるのは，60歳になった時点で6か月ごととなり，そして60歳になって6か月目に施行すべき加齢付加検査から通常の航空身体検査に組み込んで一緒に行ってしまえば，通常の航空身体検査にはあって加齢付加検査にはない45日ルールにより生ずる両者の有効期間のずれは解消する。なおその場合59歳時に初回加齢付加検査項目を施行してから，60歳以後の最初の6か月目の身体検査（すなわち通常＋加齢付加のあわさったもの）までの期間については調整が必要であると考えられるが，6か月目の加齢付加検査項目は心電図のみであるため，有効期間を多少延長するという措置をとったとしても臨床的に必要が生じない限りにおいては不可能ではないと考えられる。

2.　スクリーニング検査について
　第二に，スクリーニング検査の意味があいまいであることが挙げられる。以下に2点を指摘する。
　
（1）　スクリーニング検査の目的は，それまで危険因子を有しない乗員に関して，加齢付加検査項目をすべて行わなくても検査結果が陰性であることが予想されるため付加検査項目を免除する，というものであると理解している。しかしながら，現行で提示されている基準では，降圧薬及び抗脂質異常症薬（いずれも指定医又は乗員健康管理医がその効果と副作用の有無を必要な経過観察期間中に確認したのちには，乗務に復帰し乗務中の使用が可能な医薬品である）の内服の有無にかかわらず，それら数値が基準内であればスクリーニング検査は合格となる。そのため乗員がスクリーニング検査の例えば2週間前に内服を開始しても上記が確認されれば合格することが可能である。このことはスクリーニングの目的に合致していないと考えられる。なぜなら直前に内服を開始してスクリーニング検査合格となった場合，内服までの検査データが異常値であった蓄積期間が全く考慮に入らないことになるからである。一方で，そのような運用にせよ内服が開始されればよいのではないか，という意見がある。確かに，内服が勧められる状況にも関わらず内服しない，というよりは内服が開始される方がまだよいであろう。しかしながら，それはスクリーニング検査の目的とは別の次元での考え方であると思われる。そして脂質異常症に関しての血液検査は，通常の航空身体検査項目に含まれておらず，加齢付加検査において初めて登場するが，もっと言えばスクリーニング検査において合格基準すなわちハードルとして突然登場する。一方，非加齢乗員においての血清脂質値は労働基準法に基く定期健康診断における検査結果としてのみ把握されるという位置づけであり，航空身体検査マニュアルの中においては具体的な管理基準も明示されていない。つまり血清脂質に関しては加齢付加検査の時点まで明らかなハードルがないことになる。

（2）　スクリーニング検査に耐糖能異常/糖尿病が含まれていない。この理由は，本検査を設定する際の根拠となるデータの中に含まれていなかったためであろうと想像される。すなわちよりどころとなる情報がそれまでの通常の航空身体検査と加齢付加検査の結果に基づいており，それらにおいては耐糖能異常/糖尿病を検査することになっていないからである。しかしながら加齢付加検査がそもそもインキャパシテーションをおこす可能性のある生活習慣に起因した動脈硬化性疾患を視点に設定されているわけであるから，スクリーニング検査の項目として，脳血管疾患，心血管疾患の危険因子の一つである糖尿病が含まれていない事実は再考すべき点である。

　以上より，その意味が中途半端となっているスクリーニング検査について根本的解決を考えるべきであろう。その対策として2点，すなわち健康管理項目の若年期からの導入とスクリーニング検査の廃止を提案したい。
　まず第一に，脂質，耐糖能異常/糖尿病といった項目について若年期から何らかのハードルを設定し，航空身体検査制度の中に組み込むことである。これにより，将来的な動脈硬化性疾患発症予防の視点からの健康管理がしやすくなると考えられる。
　海外では10年以内の心血管リスクを推定するフラミンガムリスクスコアが広くリスク評価に使用されてきた。オーストラリア及びニュージーランドにおいては，乗員の年齢制限がないことが知られている。いずれの国にも，年齢，身体障害，人種，性，宗教等，多岐分野にわたってそれらに基づく差別を禁止する法律があり，乗員に関しても，年齢により仕事をすることが制限されてはならない，という考え方に基づいている^1,4）。一方，航空身体検査における判定は疾患を持つ乗員を差別することに他ならないが，職業によってはその必要上除外されることも規定されているため，航空身体検査制度はその上に成り立っている。では，年齢制限のないこれらの国々において，若年から高齢にいたるまでどのように航空身体検査が行われているのであろうか。この2か国ではいずれも航空身体検査の一環として，フラミンガムリスクスコアを自国に適するよう改変した点数加算表を使用して，乗員の生活習慣病の危険因子を拾い上げて心血管リスク評価を行っている。これにより，1.規則として危険因子の管理が可能に，そして，2.乗員人生の流れの中で経時的に健康管理を行っていくことが可能になっているのである。両国では操縦士免許は第1種（定期運送用操縦士/事業用操縦士），第2種（小型機操縦士その他）及び第3種（航空管制官）に分類されるが，第1種に注目して以下解説する。
　ニュージーランドにおいては，ニュージーランドガイドラインズグループという団体が発行している，「心血管リスクの評価と管理」と題されたエビデンスに基づいたガイドラインにより，5年間の心血管リスク（致死的なものも含む）を計算し評価に使用している^13）。Table4にリスク算出表を提示する。性別，糖尿病の有無及び喫煙歴を確認し，年齢は35歳から75歳までを4分割したグループから選択し，血圧は収縮期血圧を20ごとに区切ったグループから選び，最後に総コレステロール/HDL-コレステロール比のグループを選択し，そのマスの色により今後5年間の心血管リスクがパーセント表示される^2，13）。同リスクは，超高リスク（>30%赤色，25-30%オレンジ色，20-25%薄いオレンジ色），高リスク（15-20%黄色），中等度リスク（10-15%緑色），軽リスク（5-10%青色，2.5-5%薄紫色，<2.5%水色）と，それぞれのグループのマスが色分けされている^2,13）。その結果において10%以上のリスクがある場合，Table5の医学基準のリスク評価の項に示されるように，可逆性虚血を除外する必要があり^5），負荷心電図または負荷心臓超音波検査そして必要に応じて心血流シンチグラムが施行される^2）。15%以上のリスクがある場合には薬物療法も考慮される^13）。航空身体検査において，Table6に示すように年齢に応じて検査の頻度に差はあるが35歳から心血管リスクが評価される^5）。第1種においては35歳に続いて36，40歳時，それ以後は68歳まで2年ごとに，70歳以上は毎年，評価が行われる。航空身体検査自体の頻度は60歳を超えても1年に1度であり期間は短縮されない。

Table 4　Assessing Cardiovascular Risk and Treatment Benefit

（Ministry of Health New Zealand ホームページより引用）

　一方，オーストラリアにおいてはTable7に示すように脂質（総コレステロール及びHDL-コレステロール値）の評価とともに，糖尿病の診断に至らない空腹時血糖高値や耐糖能異常を含めて糖尿病として評価に入れている^3）。また左室肥大にも点数が与えられている。総合点数15点以上の場合，実際には負荷心電図又は負荷心臓超音波検査が施行され，陽性の場合さらに心血流シンチグラムが行われるようである。Table8に航空身体検査の周期を示す^3）。第1種の初回航空身体検査においては，心電図，聴力，空腹時血清脂質，空腹時血糖，心血管リスク評価，民間航空安全当局（CASA）により認定された指定航空眼科医又は資格のあるオプトメトリストによる眼科検査が施行される。心血管リスク評価は25歳から開始され，60歳未満では5年に一度，60歳以上では毎年施行することとなっている。なお，糖尿病あるいは耐糖能異常がある場合には60歳未満でも毎年の評価が必要である。第1種における航空身体検査の頻度は60歳を超えると定期運送用操縦士については6か月ごとに短縮される。
　注目すべきはオーストラリア，ニュージーランドいずれにおいても，脂質及び耐糖能異常の評価が航空身体検査項目に含まれているということである。そして心血管リスク評価があることで，若年時より同リスクを減少させることを意識させるようなシステムになっている。
　こういった心血管リスク評価法は我が国においても存在する。動脈硬化性疾患の絶対リスクの評価に関して，日本動脈硬化学会が吹田スコアに基づいた評価法を提示している^12）（Fig.1）。耐糖能異常を含めた危険因子に点数を与え（Table9），その合計得点により10年以内の冠動脈疾患発症確率の予測モデルから，そのリスクを低リスク，中リスク，高リスクに分類して（Table10），それに従ってTable11に示すような脂質管理目標値を設定したものである^12）。
　我が国の航空身体検査制度にも，オーストラリアやニュージーランドのように心血管リスク評価を導入してはどうであろうか。若年期から脂質や耐糖能に関する検査を義務付け，必要があれば生活習慣改善とともに薬物治療を指導する，という体制にすれば，航空局から求められている，時間軸としての乗員健康管理（航空機乗組員の健康管理に関する基準，平成28年6月）の一環としての中・長期的生活習慣病の管理に適していると考えられる。それは血液検査として脂質及び耐糖能を確認することを航空身体検査マニュアルに組み込んでいけば可能となる。そして年1回の検査であれば乗員の負担は従来と変わることはない。なぜなら採血検査はもともと定期健康診断で行われており，新たに採血行為が追加されるわけではないからである。さらに特殊業務従事者（深夜業）における定期健康診断においても，採血検査を省略しなければ上記項目を確認できる，という状況も用意されている。すなわち6か月に1回チェックするということも不可能ではないだろう。ただし上述した評価表は一例であり，乗員に関してどういった形でリスクを評価していくか，そしてどの年齢から乗員健康管理に取り入れていくかなど，最も適した制度を構築するための詳細について専門家を交えた議論により検討されることが必要と思われる。その上で航空身体検査制度の中に取り入れていけば，健康管理を若年期から行っていく手段のひとつになるであろう。なお，現在施行されている加齢付加検査の初回60歳時及び65歳時の項目をどのように取り扱っていくのかすなわちこのまま維持するのか，削除できる項目はあるのか，あるいは追加すべき項目はあるのか，といった検討については，心血管リスク評価の導入が検討され実施された上で改めて検討すべきであると考えている。上記のようなリスク評価を行なうこと自体が初回及び65歳時の検査項目を減らしたり撤廃したりことにつながるということを，現時点で提案するものではない。制度上の節目である60歳時及び65歳時に所定の検査項目を受けて健康状態を確認することには意義がある。よって実際に検査項目を何等か変更することを考慮するにあたっては医学的な検証が必要であり，それなしには加齢付加検査項目の変更はおこなうべきではなく，今後議論していく必要がある。それゆえ，初回及び65歳時の検査項目に関しては今まで通り，それぞれの年齢の手前で受検して評価を受けるという方法を踏襲し以後の検査項目については上述したように通常の航空身体検査と一体化させることがよいのではないかと思われる。
　スクリーニング検査について根本的解決策の第二は，同検査の廃止である。今まで述べてきたことで，スクリーニング検査自体のあいまいさ（内服薬を使用していても基準を満たせば合格となるという点と耐糖能に関する項目が含まれていないという点）が解決するわけではない。スクリーニング検査直前に内服を開始してもそこからコントロールしていけばいいのではないか，という意見があることは前述したが，それとは別に，長期に内服してコントロールできていればよいだろう，という意見もでるかもしれない。では，「長期」をどのように定義するのか，は簡単ではない。直前に内服を開始することを仮に禁止するとしたとしても，それでは「直前」の定義も恣意的にならざるを得ず，定義することは妥当ではないであろう。降圧薬と抗脂質異常症薬を使用していない申請者のみをスクリーニング検査の対象とするとしたとしても，耐糖能異常/糖尿病の項目が含まれていない。では耐糖能異常/糖尿病の項目を追加すればよいかというと，スクリーニング検査を設定した際の検討データにおそらく入っていなかったため，追加したとしてその合格基準をどこに置くのかがあとづけになる。以上を総合的に考慮すると著者らはスクリーニング検査そのものは廃止すべきであると考えている。スクリーニング検査廃止は規制強化になる，という考え方があることも聞こえてくるが，あいまいさを残したまま継続することは適切ではなく，原点に立ち返り，加齢付加検査項目を一律に受けるようにすることが加齢付加検査の本来の目的を全うするものと考えている。

　以上，述べてきた事柄は，現状における加齢付加検査の問題点を解決していく上で，1. 加齢付加検査と通常の航空身体検査の統合，2. 動脈硬化性疾患予防の立場から，心血管リスク評価の若年期からの航空身体検査制度への導入，3. スクリーニング検査の廃止，の3点に集約される。そしてその目的は最終的に1. 航空身体検査業務の効率化，2. さらなる空の安全の確保，の2点につながると考えられる。すなわち航空身体検査制度を全体として有機的に統一し，それにより効率的に航空身体検査業務を遂行できる環境を整備するとともに，さらに乗員の健康を縦の流れで維持できる環境の整備である。そしてそれにより最終的に航空の安全をより強固なものにしていけるものと考えている。
　以上，加齢付加検査制度を再構築することを切り口に，航空身体検査制度を見直すことを提案するものである。

吹田スコアの得点	予測される10年間の冠動脈発症リスク	分類
40以下	2%未満	低リスク
41-55	2-9%未満	中リスク
56以上	9%以上	高リスク
（日本動脈硬化学会　動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版より引用，一部改変）
Fig. 1　Flow Chart for Coronary Artery Disease Risk Assessment with Suita Score

参考文献

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　　　　第2綜合ビル
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