宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 92, 2019

シンポジウム3

宇宙旅行を安全に「楽しむ」には? − 救急医療の視点から

水野 光規

あいち小児保健医療総合センター

How to "ENJOY" space travel safely ?:Discussing from the viewpoint of emergency medicine

Mitsunori Mizuno

Aichi Children's Health and Medical Center

【はじめに】 「宇宙」とよばれる高度に関する明確な定義はないものの,FAI(Fédération Aéronautique Internationale,国際航空連盟)の定義する,高度100 km以上がよく用いられ,Karman Lineと呼ばれている。しかし高度100 km未満でも「宇宙旅行」と呼ばれる商品は存在する。宇宙旅行の一般化・大衆化が進めば,事前の健康診査も簡素化し基準も緩和される傾向となると見込まれ,IATA (International Air Transport Association; 国際航空運送協会) Medical Manualに示されるような一般的な航空機(旅客機)搭乗に関する指針に近いものとなると予測される。本発表においては,救急医学の視点から,宇宙旅行を「楽しむ」ために必要な医療について,宇宙医学,航空医学,旅行医学の観点を交えて考察する。
【宇宙旅行中の救急医療とは?】 宇宙飛行士の健康管理の分野では,宇宙飛行士を「宇宙に赴き宇宙で作業をする労働者」ととらえ,労働条件に起因する健康障害を予防し,健康と労働能力の維持および促進,安全と健康が確保できるよう作業環境と業務を適切に管理すること等について研究が進んでいる。宇宙飛行士は特殊訓練に臨み,健康な身体を維持すべく医学検査や運動栄養指導等を受け,また緊急時の応急処置が互いに可能な体制を整えている。宇宙旅行においても一定の訓練は必要となる場合も多いが,宇宙旅行の種類・内容に応じて,その旅行者に求める訓練や健康基準については労働者である宇宙飛行士のものとは自ずと異なってくる。微小重力環境における医学的変化に関し,筋変化,骨量減少,循環器系変化,視覚障害,頭蓋内圧の変化,前庭神経系への影響(宇宙酔い),宇宙放射線の影響などの研究が進められている。宇宙旅行においては旅行者が行く高度,滞在時間,微小重力空間での行動内容等により宇宙飛行士ほど厳格な対策が必要でない項目もある。一方,応急処置をはじめ旅行者の安全管理が可能な体制のほか,訓練や健康管理が十分とはいえない民間人に高額な宇宙旅行という商材を販売する以上,未解決課題である宇宙酔い対策など旅行者の満足度を損なわないための対策など,旅行ならではの救急医療対策が必要となる。
【まとめ】 安全に宇宙旅行を「楽しむ」ためには,宇宙船機内における救急医療は不可欠である。しかし宇宙旅行中の救急医療に関し,概略・概念や断片的な訓練等に関する研究等は存在するが,具体的な対策に関する研究進んでいない。独自の調査・検討にすぎないが,地上と隔絶された狭い空間,限られた時間,そして限られた乗務員という環境下では,宇宙旅行中に起こり得る救急事態に対する予防策,旅行者自身で対処できるような対策と遠隔サポートが鍵になると考える。