宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 78, 2019

シンポジウム1

火星での生活を実現するために 〜持続可能な生活スタイルの確立〜

久保 朋美,橋本 亜美,佐藤 啓明,平井 颯,宮下 裕策,寺田 昌弘,山敷 庸亮,土井 隆雄

京都大学宇宙総合学研究ユニット

The achieve for human life on the Mars─The establishment of sustainable life style

Tomomi Kubo, Ami Hashimoto, Hiroaki Sato, Hayate Hirai, Yusaku Miyashita, Masahiro Terada, Yosuke Yamashiki, Takao Doi

Unit of Synergetic Studies for Space, Kyoto University

課題2「火星で生きる」では,火星に建設したBiosphere 3 (B3)で「クルーメンバー10人が50年間生きる」という条件を仮定して,必要なものについてどれくらいの量をどのようにして用意するのか等を検討した。事前オリエンテーションでは,火星において施設外で人類が生活できるようになるには多大な年月を要することを考慮し,この50年間の生活は施設内にとどまるだろうと仮定した。さらにSpace Camp at Biosphere 2 (SCB2)への参加を通じて,地球と比べると非常に小スケールの閉鎖的な環境で限られた資源をリサイクルして生活するためには,化学薬品や生分解性でない物質の取り扱いに特に注意する必要があることを学んだ。本演題では,SCB2参加を通して,課題2への考察である「火星での生活条件」を中心に発表する。課題2「火星で生きる」ための条件として,(1) 水の利用と供給方法,(2) 大気組成の変換方法,(3) 食糧生産,(4) 3Dプリンターの利用,(5) 宇宙医学的観点,(6) 衣服等の工夫,の各要素に関して事前に調査が必要であると判断し,ISSを含めた宇宙ミッションで使用されている技術やNASA・JAXA等によって行われた研究内容を参考に調査を進めた。これらの調査からB3における水利用量と生成方法,大気組成の変換方法,食糧生産方法を検討した。SCB2では農業形態の主軸としてアクアポニックスの導入を検討した。アクアポニックスとはB2で実験的に導入されていた水産養殖と水耕栽培を掛け合わせた農業である。利用可能な資源と施設内生態系の規模が限られた火星での農業施設においてキーワードとなる「物質循環」を効率よく行うために,アクアポニックスは最適な「省力的かつ持続可能性の高い農業形態」であると判断できる。さらに農業施設で栽培可能な作物と蔬菜を必要栄養摂取量も考慮して選定し,エネルギー効率の高い家畜とそれを飼育する設備についても検討した。また,エネルギーや物質循環が滞りなく行うため,ろ過装置,尿処理装置,非可食部・廃棄物処理法などについて持続可能性を考慮しながら候補を検討した。
SCB2への応募動機としては,植物の能力を生かして地球と異なる環境下での持続的な食糧生産方法を検討したいとの思いがあった。食糧生産の土台となる生態系の維持について閉鎖生態系を維持するB2は非常に参考になる施設であった。SCB2を終えて,閉鎖生態系における循環と持続可能性の重要度は地球での生活にも共通していると感じた。私は将来,砂漠の緑化活動を通して食糧不足の問題解決に貢献したいと考えているが,今回のSCB2の実習や調査から,人工的に地球の環境を維持することの困難さを学ぶことができ,改めて我々が生きている地球環境保護の重要性を実感する貴重な機会となった。