宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 71, 2019

一般演題5

23. 化学的皮膚冷刺激による運動神経動員制御への影響

田村 晃太郎1,杉田 聡1,徳永 忠之2,峯岸 慶彦1,太田 宣康1

1花王(株)生物科学研究所
2花王(株)パーソナルヘルスケア研究所

Modulation of spinal motor control by cold somatosensory input

Kotaro Tamura1, Satoshi Sugita1, Tadayuki Tokunaga2, Yoshihiko Minegishi1, Noriyasu Ota1

1Biological Science Research, Kao Corporation
2Personal Health Care Products Research, Kao Corporation

【背景】 運動神経の動員順序は一般的にサイズの原理に従い,細胞体の小さな運動神経から大きなものへと順に動員され,必要な筋力を発揮する。一方で,電気刺激や冷刺激等の求心性感覚入力は,運動神経の興奮性を変調し,動員閾値の高い大きな運動神経の優先的動員をもたらす可能性が報告されており,筋力・歩行トレーニングへの応用が期待される。我々は,表面筋電図を用いた検討から,大腿四頭筋上の皮膚へメントール配合ジェルを塗布することで誘導される化学的冷感覚が,低負荷運動時の筋活動を増加させることを報告した (Tokunaga et al., 2017)。筋表層は主に速筋線維で構成されることから,表面筋電計の捉えた筋活動増加は速筋線維の動員促進を反映したものと示唆される。しかし,冷感覚入力時の脊髄運動神経の動員制御と機序については十分明らかではない。そこで,実験動物に対して冷感覚と運動を負荷した際の脊髄神経活動を組織染色により評価し,運動神経動員制御への影響を検証した (Tamura et al., 2019)。
【方法】 冷刺激の入力にはTRPM8活性化剤イシリンを用いた。予め下肢体毛を剃ったC57B6Jマウスを,安静群,安静+イシリン塗布群,低強度走行群,高強度走行群,低強度走行+イシリン塗布群に分けた。イシリン溶液または溶媒を下肢全体に塗布し,トレッドミル走行を負荷した。その後,全身を灌流固定し,脊髄を単離した。次に,下肢筋群を支配する腰椎L3-5の切片を作製し,二重免疫染色によりコリン作動性神経のマーカーChATおよび神経活性化のマーカーc-fosを標識した。画像解析によりc-fos陽性の運動神経数および細胞体サイズ,c-fos陽性のコリン作動性介在神経数を定量した。
【結果】 イシリン塗布と低強度走行の組み合わせは,活性化した運動神経の数には影響しなかったが,速筋線維を支配する大きな細胞体の運動神経の活性化が亢進した。さらに,運動神経に直接投射しその興奮性を制御することが知られているコリン作動性介在神経の活性化が走行負荷依存的に生じ,イシリン塗布と低強度走行の組み合わせによっても亢進した。冷感覚入力は,低負荷の運動時に優先的な速筋型運動神経の動員を促進することが示唆され,その機序として,コリン作動性介在神経の関与が見出された。
【展望】 作動筋上の皮膚への冷刺激は,低強度の運動でも速筋を支配するより大きな運動神経の動員を促すので,リハビリテーション等の場面において新しいトレーニング法として有用と考えられる。宇宙空間においては,抗重力筋であるヒラメ筋等の遅筋の萎縮が顕著であることから,遅筋型運動神経に対する本技術の効果については別途検証が必要と考えられるが,体性感覚の求心性入力の検討により,抗重力筋を支配する運動神経の動員を制御できる可能性も考えられる。