宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 63, 2019
一般演題3
15. 軽度過重力負荷中の動的脳血流自動調節能の経時変化
小西 透1,2，倉住 拓弥1，田子 智晴1，加藤 智一1，小川 洋二郎1，岩﨑 賢一1
1日本大学医学部社会医学系衛生学分野
2防衛省航空自衛隊航空医学実験隊
Time-dependent changes in dynamic cerebral autoregulation under mild +Gz
Toru Konishi1,2, Takuya Kurazumi1, Chiharu Takko1, Tomokazu Kato1, Yojiro Ogawa1, Ken-ichi Iwasaki1
1Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
2Aeromedical Laboratory, Koku-Jieitai （Japan Air Self-Defense Force）, Ministry of Defense
【はじめに】 軽度過重力（+Gz）環境への反復曝露は，長期宇宙滞在に伴う生理学的変化の予防・軽減策として期待されている。軽度の過重力負荷中の血圧と脳血流の経時変化を評価した我々の先行研究＊において，両者は異なる変化を認めており，負荷中に脳血流調節能が変化する可能性が示唆された。しかしながら，軽度過重力負荷中の脳血流調節能の経時変化を検討した報告はない。そこで，血圧及び脳血流の変動に着目した動的脳血流自動調節能の軽度過重力負荷中の経時変化について検討した。
【方法】 先行研究＊（健常成人男性17名に対して遠心人工重力装置による21分間の+1.5 Gz負荷を実施）の実験データを追加解析した。過重力負荷前（安静座位，+1.0 Gz）5分間のデータ区間と，過重力負荷中のデータを+1.5 Gz到達から5分毎に分けた4つのデータ区間（0-5分，5-10分，10-15分，15-20分）で経時変化を検討した。各データ区間において，動脈圧波形（非観血的連続血圧計）及び脳血流速度波形（経頭蓋ドプラ血流計）のスペクトル解析を実施し，平均血圧及び平均脳血流速度の変動量を算出した。さらに，平均血圧変動から平均脳血流速度変動への伝達関数解析を実施し，動的脳血流自動調節能を評価した。
【結果】 過重力負荷を完遂した15名の低周波数域（0.07-0.20Hz）での結果について，平均血圧変動は，負荷開始直後から増加傾向にあり，負荷前に比して，5-10分以降で有意に増加した。一方，平均脳血流速度変動は，負荷前に比して，0-5分で有意に増加した後，5-10分以降は低下傾向にあり，負荷前と15-20分では有意差を認めなかった。さらに，血圧変動から脳血流速度変動への信号伝達の強さを定量化したものであるゲイン値（数値が小さいほど伝達の程度が小さいことを示し，動的脳血流自動調節能が良好に機能していると解釈される。）は，有意差を認めないものの0-5分で一旦増加した後，0-5分から15-20分にかけて有意に低下した。反対に，失神前症状の出現により負荷を中止した1例では，ゲイン値が負荷中を通じて漸増した。
【考察】 動的脳血流自動調節能は，血圧変動から脳血流変動への伝達を抑制し，脳血流変動を低減させることで脳血流を維持する機能である。負荷完遂者において，負荷開始直後の脳血流速度変動が有意に増加し，ゲイン値も増加傾向にあったため，脳循環が不安定化していたと考えられた。しかし，負荷後半では脳血流速度変動が漸減傾向にあり，血圧変動から脳血流速度変動への伝達が抑制（ゲイン値が負荷中に有意に低下）されていたため，負荷中に動的脳血流自動調節能が増強した可能性が示唆された。この動的脳血流自動調節能の増強は，定常的な脳血流低下に対する代償性変化と考えられた。反対に，失神前症状による負荷中止例では，負荷中のゲイン値が漸増しており，負荷中に動的脳血流自動調節能が減弱した可能性が示唆された。
【結論】 先行研究＊により脳血流低下を来すことが明らかとなっている軽度過重力負荷中，動的脳血流自動調節能は経時的に変化し，脳血流変動の低減による失神の抑制に重要な役割を果たしていると考えられた。
（本研究は科研費JP15H05939の助成により実施した。）
＊Konishi T. et al. Changes in cerebral oxygen saturation and cerebral blood flow velocity under mild +Gz hypergravity. Journal of Applied Physiology 127:190-197, 2019.