宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 62, 2019

一般演題3

14. 常圧低酸素環境下における脳循環と認知機能の変化

今村 崇裕,丸山 聡

航空自衛隊航空医学実験隊

Brain Blood Flow Changes and Cognitive Deficits under Normobaric Hypoxia

Takahiro Imamura, Satoshi Maruyama

Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force

【背景】航空自衛隊では,低酸素症に伴う飛行中の事故防止の観点から,低圧チャンバー内で酸素マスクを外すことで低酸素症の習熟を行う低圧低酸素訓練を実施している。一方海外では,酸素マスクを装着しているにもかかわらず,装置の不具合等から低酸素に起因する事故が起こっており,酸素マスクを付けたまま低酸素訓練が実施可能な減酸素吸入装置(ROBD;Environics社製)の開発が行われた。ROBDを用いた訓練は,実際の低酸素事故事例に近い条件で訓練が実施できるだけでなく,低圧にする必要がないため,減圧症の危険性や訓練後の飛行制限もなく,航空自衛隊においても導入が検討されている。そこで今回我々は,ROBDを用いた低酸素訓練の導入に先駆け,常圧低酸素が生体に及ぼす影響を把握するため,脳循環と認知機能について計測を行った。
【方法】 被験者は実験の参加に同意した男性9名(37.8±11.9歳)とした。低酸素曝露は,ROBDに接続した航空用酸素マスクを着用させて実施した。実験パターンは,最低酸素濃度を高度24,000ft相当とし,酸素濃度低下率を変化させた3種類とした。計測項目は脳内血流量 (NIRS; ダイナセンス社製),経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2;ROBD内蔵),心拍数(HR;ROBD内蔵)及び認知機能テストとして短期的記憶や反応の抑制と切り替え能力を評価するトレイルメイキングテスト(TMT)とした。脳内血流量計測は,総ヘモグロビン量(t-Hb),酸素化ヘモグロビン量(oxy-Hb)及び脱酸素化ヘモグロビン(deoxy-Hb)の3つの指標を実験中連続的に,SpO2とHRは毎分測定した。TMTは低酸素曝露の前,中,後の3回実施し所要時間を計測した。 【結果と考察】 24,000ft相当の低酸素曝露により,全ての実験パターンでSpO2の有意な減少及びHRの有意な上昇が認められた。SpO2の減少は,低酸素吸入に伴う生体の低酸素化の亢進を示しており,その代償作用としてHRが上昇したと考えられる。NIRSによる脳血流量計測では,全ての被験者で低酸素曝露によるt-Hbとdeoxy-Hbの増加及びoxy-Hbの減少が認められた。これは,HRの上昇による脳内血液量増加と,SpO2減少に伴う脳内低酸素化状態の亢進を示すと考えられる。TMTは全ての実験パターンで,低酸素曝露前に比し曝露後の所要時間の延長が認められた。これは,脳内の低酸素化によって,認知機能の低下が起こっていることを示している。今回行った24,000ft相当の低酸素曝露による検討で,被験者の低酸素化進行状況や認知機能への影響を確認し,訓練に必要な低酸素状態を提供できるものと考えられた。