宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 61, 2019

一般演題3

13. 体位変換に伴う脳の変位・変形

林 成人1,横田 航志2,篠島 亜里3,熊本 悦子4,篠山 隆司5,甲村 英二5

1兵庫県災害医療センター神戸赤十字病院
2宇宙航空研究開発機構
3慶応大学医学部
4神戸大学情報基盤センター
5神戸大学大学院医学研究科

Physiological brain shift by body position change

Shigeto Hayashi1, Koshi Yokota2, Ari Shinojima3, Etsuko Kumamoto4, Takashi Sasayama5, Eiji Kohmura5

1Hyogo Emergency Medical Center/ Japanese Red Cross Kobe Hospital
2JAXA
3Keio University School of Medicine
4Kobe University Information and Science Technology Center
5Kobe University Graduate School of Medicine

【背景】 開頭手術中のbrain shiftに関する報告は多いが,閉鎖頭蓋内での生理的brain shiftに関する分析はあまり行われていない。近年では宇宙飛行士について約半年間滞在した18人と,約2週間滞在した16人についてのMRIでの比較で,長期滞在の17人と短期滞在の3人で帰還後に中心溝の狭小化,長期滞在12人と短期滞在6人で脳の位置の頭頂部側にずれを認めたことなどが報告されている。また脳に形態異常を伴う疾患では頭蓋内での位置変化度,変形能などの変化も伴っていることも想定される。われわれは脳神経外科手術トレーニングのための精緻かつ術感の酷似したソフトマテリアル3Dモデルの開発過程で,撮像時の体位により脳実質の多様な変位・変形が見られることを見出し,報告している。本研究ではMR画像により健常者において標準的な安静時の体位変化に伴う脳の位置変化を検討し,定量的,統計学的解析を試みた。
【対象と方法】 5人の健常ボランティア(年齢:22歳,26歳,34歳,48歳(男性),51歳(女性))より,3.0T MRI (ACHIEVA2, Philips) を用いて3D fast spin echoにより頭部MR画像を取得した。撮像条件は以下の通りとした:TR/TE 2,500ms/245ms;slice thickness 1mm;FOV 256×256 mm2;slice gap 0.5mm;acquisition matrix 256×256; spatial matrix 512 × 512 × 400。全例について仰臥位,腹臥位,左右側臥位で撮像を行った。データの再構成を行い,内耳構造を基準とした3次元的位置合わせを行った。脳組織の変位はブロックマッチング法により測定した。Steel-Dwass多重検定を実施して,脳の表層部および脳の深部における各部位の変位における個体間の類似性を調べた。
【結果と考察】 左右側臥位の体位変換においては,部位別平均で最大1.0mm程度の変位が認められ,前頭葉以外の多くの部位で変位の個体差はほとんど認められなかった。一方,仰臥位・腹臥位の体位変換では部位別平均で最大0.7mm程度の変位にとどまるものの,部位によって変位の個体差にばらつきが大きく,脳の変位に自由度があると考えられた。また左右側臥位,仰臥位・腹臥位のいずれの体位変換においても脳表層部と脳深部組織の変位の類似性は表層部同志,深部同志の変位の類似性よりも低かった。
【結論】 生理的環境下での体位変換に伴う脳実質の変位・変形はごくわずかであるが,その挙動は部位や個体により異なる。脳の変位・変形に着目することで,脳疾患患者の病態の検討の新たな視点になりうると考えられた。