宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 60, 2019

一般演題2

12. 視運動性眼振と開眼起立時血圧応答の関係

田中 邦彦1,2,杉浦 明弘2

1岐阜医療科学大学 大学院保健医療学研究科
2同 保健科学部 放射線技術学科

Optokinetic nystagmus and arterial pressure change at the onset of head-up with eye opening

Kunihiko Tanaka1,2 and Akihiro Sugiura2

1Graduate School of Health and Medicine, Gifu University of Medical Science
2Department of Radiotechnology, Gifu University of Medical Science

臥位から立位に姿勢を変化させると身体にかかる重力の方向が変化する。これまでに我々は,このときの血圧調節に内耳前庭系,特に耳石器が重要な役割を果たしていることを示してきた。耳石機能に左右差が存在すると閉眼での起立直後,血圧が低下する。健常人では,姿勢変化を,この平衡感覚のみならず「視覚」「体性感覚」でも感知している。したがって,開眼であればこの姿勢変化直後の血圧低下は認め難いと考えられたが,中には開眼時の方が,より血圧が低下する被検者も存在することがわかった。これらの被検者は視覚─平衡感覚の統合に問題があるのではないかと考えられた。一方,「乗り物酔い」も同様に視覚─平衡感覚の統合不調に起因するといわれる。そこで乗り物酔いの発症しやすさを予測する「略式動揺病感受性質問」(MSSQ-short)のスコアと起立時直後の血圧変化を比較したところ,両者に有意な逆相関を認めた。つまり,乗り物酔いが発症しやすい被検者は開眼での起立時に血圧が低下すること,MSSQ-shortはこれを予測できると考えられた。しかしながら,MSSQ-shortは主観的な指標であり,また幼年期からの生活体験にもとづく指標であるため,宇宙滞在や生活環境の変化によって,短期間に平衡感覚あるいは視覚─平衡感覚の統合機能が変化した際の予測には使用できない。そこで,同様に視覚─平衡感覚の統合に起因する反応であるといわれる「視運動性眼振」と起立直後の血圧低下を比較した。健康被検者8名にヘッドマウントディスプレイを装着し,坐位にて左右方向あるいは上下方向に移動する目標物の映像を注視させた。このとき生じる眼振の緩徐相速度を解析した。また重心動揺検査と起立時血圧測定を行った。前庭機能を変化させるため,この8名に体性感覚閾値より0.1mA小さい強度でホワイトノイズによる前庭系電気刺激(GVS)を30分行った。その結果,GVSによって開眼起立時血圧低下ならびに重心動揺のロンベルグ率が有意に改善した。また,映像が下方向に移動する際の眼振緩徐相速度と開眼起立時の血圧変化が有意な相関を示した。この下方向の緩徐相速度はロンベルグ率とも有意な相関を示したことから,視覚─耳石器の統合に関係していることが示唆された。下方向の視運動性眼振は前庭機能の変化に関わらず開眼での起立時血圧応答予測に有用であることが示唆された。