宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 4, 58, 2019

一般演題2

10. 微小重力環境に於ける診断学 ―起座呼吸について― その3

吉田 泰行1,中田 瑛浩2,井出 里香3,山川 博毅4,長谷川 慶華5,星野 隆久6

1威風会栗山中央病院 耳鼻咽喉科・健康管理課
2威風会栗山中央病院 泌尿器科
3都立大塚病院 耳鼻咽喉科
4JCHO埼玉  耳鼻咽喉科
5はせがわ内科クリニック
6淳英会おゆみの中央病院 臨床工学科

Diagnostics in Microgravity Environment ─on Orthopnea─, Part 3

Yasuyuki, Yoshida1, Teruhiro, Nakada2, Rika, Ide3, Hiroki Yamakawa4, Keika Hasegawa5, Takahisa Hoshino6

1Department of Ear, Nose and Throat, Kuriyama Central Hospital
2Department of Urology, Kuriyama Central Hospital
3Department of Ear, Nose and Throat, Ohtsuka Metropolitan Hospital
4Department of Ear, Nose and Throat, JCHO, Saitama
5Hasegawa Clinic of Internal Medicine
6Department of Clinical Engineering, Oyumino Central Hospital

地球上の生物は誕生してから此の方,1G環境を当然の事として受け入れ体の仕組みを作ってきた。よって1G加速度でない環境では如何にして生命の仕組みが動くか不明の点も有るが,既に人間が宇宙へ行く時代でもあり,生命の仕組みをこの点から探ってみたい。 我々は高気圧酸素治療の立場から動物の呼吸に関して関心を持ち,両棲類から哺乳類・鳥類迄の脊椎動物の呼吸の進化について文献的に考察し,特に人類を含め哺乳類のピストン型呼吸と鳥類の気嚢式呼吸について,その死腔の有無と呼吸効率の検討を登山医学会等にて発表して来た。更には同じ哺乳類でも,首の長いキリンと首の短い人類の呼吸と循環の違いを検討し体力医学会等にて発表して来た。ここで人類が微小重力環境に晒された時の病態生理について臨床の立場から考察したい。通常の人間は臥位の方が起座位・立位より筋肉の働きが少なく楽である。しかし呼吸・循環面に問題が有ると,臥位より起座位の方が呼吸が楽となる事が有る。此れを起座呼吸と言う。此れは肺の自重自壊,即ち 肺水腫によりガス交換に参加できなくなった肺の立位と座位の断面積の多寡による違いの他,体位による静脈帰還量の変化としても説明できる。先ず呼吸器疾患では喘息等の閉塞性障害の他,拘束性障害も有り得る。一方循環器疾患としては,肺静脈帰還を処理できない左心不全のみならず,合併する右心不全により起座呼吸は起こり得る。さて此処で,微小重力環境での呼吸を考察すると,微小重力環境とはどの様なものであろうか。微小重力環境は−6度の懸垂頭位と等価である,従って心不全等が基礎に有れば起座呼吸は増悪するのか? 微小重力環境では血液の位置エネルギーは無いので,この影響をどの様に考えるか? 地上では以下の通りである。左心不全:肺静脈から戻った酸素に富んだ血液を全身へ送り出す為,その不全は肺の浮腫を起こし,起座呼吸に繋がる。右心不全:全身の帰還静脈を肺循環へ送り出す右心系の不全で全身の浮腫を起こす。右心不全は左心不全に惹起され両心不全となる事が多く,右心不全でも起座呼吸は起こり得る。考察としては,① 微小重力環境でも呼吸困難は起こり得ると考えられるが,重力方向の変化による病状の変化は当然の事ながら無い。即ち地上で言う様な起座呼吸ではないと考えられる。② 今の所演者の渉猟した範囲では,微小重力環境での呼吸困難の報告は無い。③ 微小重力環境では呼吸困難は1G重力環境より軽く済むと考えられるが,起こってみなければ判らない点も有る。④ 地球周回軌道上,将来的には月面基地, 更には火星軌道上等で呼吸困難を来した場合の対応は,地球からの距離等により各種議論の余地が有ると考えられる。(即帰還するかどうか) 結語:地上での起座呼吸を基に,宇宙空間の微小重力環境下での呼吸と呼吸困難について考察し,併せてその対処法を検討した。