宇宙航空環境医学 Vol. 56, No. 1, 4, 2019

開催報告

宇宙植物栽培研究の国際動向

矢野 幸子

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 主任研究開発員

 日本が開発した国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」は今年運用10周年を迎える。日本人宇宙飛行士の滞在や多くの科学実験の実施により,利用成果に貢献している中,ISSでの活動は長期宇宙探査時代に向けて新たな局面への展開が期待されている。ISSは定常的に地球の上空約400 kmを周回する地球とは隔離された空間であり,空気・水の一部を再生して利用しているが,食料は全て地球から運んでいる。つまり地球からの補給なしに有人活動を維持できない。一方,長期の宇宙探査となると数年間の無補給の状況を想定しなくてはならない。将来的な惑星探査,特に火星表面で定住する可能性を考慮すると,現地での資源を用いて空気,水,食料を生産し,物質を循環させ再生利用しながら持続的に資源を利用する,いわば宇宙での自給自足とリサイクルのシステムが必要になる。
 2015年から実施しているJAXAの食料生産技術開発は,有人宇宙部門の将来技術開発の実施項目の一つとなっており,最終的には火星基地において持続可能な宇宙活動を実現することを目指すものである。ここでは従来から研究している物理化学的処理を主要要素とした閉鎖系生命維持システムに,植物栽培による食料生産,微生物を利用した物質循環プロセスを加えて閉鎖生態系システムを構築することを目的とする。2017年からは,JAXA宇宙探査イノベーションハブ(宇宙探査ハブ)において,月面農場ワーキンググループ(月面農場WG)活動を実施して,近年特に発展した地上の最先端の植物工場技術を導入することを前提に,月面農場システム(図 1)を検討した。
 今回の宇宙基地医学研究会では,研究活動の背景となる最新の有人宇宙探査計画と月面農場WG活動内容を紹介する。内容は次の通り ① 国際的な有人宇宙探査計画の状況と,② 宇宙探査ハブ月面農場WGの活動,③ 植物工場技術と密接なつながりを持つ宇宙での植物栽培研究の国際的な動向,④ 月面農場WGでの検討結果の概要と今後の展望を報告する。

図 1 月面農場イメージ 出典:JAXA月面農場WG検討報告書