宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 22, 2018

シンポジウム

2. 温熱刺激に対する骨格筋の応答とその生理学的意義

後藤 勝正

豊橋創造大学大学院健康科学研究科

A physiological significance of heat stress on skeletal muscle cells

Katsumasa Goto

Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University

無重量環境への曝露や不活動は,特に抗重力筋の活動を低下させ,特に抗重力筋に顕著な萎縮をもたらす。こうした骨格筋の萎縮や加齢による筋萎縮には,酸化ストレスなど細胞ストレスの関与が示唆されている。一般に,真核細胞ではストレスを受容すると「ストレス応答」が誘発され,熱ショックタンパク質70(heat shock protein:HSP70)などストレスタンパク質の発現が誘導される。しかし,骨格筋萎縮時にはストレス応答が惹起されず,むしろHSP70発現量は減少する。したがって,ストレス応答の破綻が骨格筋萎縮の原因であることが示唆される。HSP70は分子シャペロンであり,ストレスからのタンパク保護や変性したタンパクの修復など細胞保護に働くと考えられている。これまでの研究により,温熱刺激には骨格筋萎縮の抑制,過負荷による筋肥大の増大,損傷からの再生促進などの作用があることが確認されている。こうした温熱刺激の生理作用が,HSP70によるものかあるいは温熱刺激そのものの影響かについては議論の余地が残されている。HSP誘導作用を持つ薬物を用いた研究により,HSP70発現増加は筋タンパクを増加させる作用があることから,骨格筋に対する温熱刺激の効果はHSP70を介したものである可能性が高いと考えられている。また,これまでは骨格筋適応変化におけるHSP70の役割については,細胞質での発現変化のみ対象であった。しかし最近,HSP70を核へ輸送する分子が発見され,筋核内におけるHSP70の役割が注目されている。我々は,温熱刺激により筋核内HSP70発現量が増加することを確認した。この筋核内HSP70は,温熱刺激に対する骨格筋細胞の応答の一部に関与していることが示唆される。これまで,温熱刺激により発現誘導されるHSP70を介した骨格筋量増量効果に研究が集中していたが,今後筋核内へのHSP70輸送システムが骨格筋萎縮予防や筋量増大のターゲットになるかもしれない。本研究の一部は日本学術振興会科研費(16K13022, 17K01762, 18H03160),日本私立学校振興・共済事業団「学術研究振興資金」および豊橋創造大学大学院健康科学研究科「先端研究」の助成を受けて実施された。