宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 21, 2018

シンポジウム

1. 糖化ストレス応答と骨格筋量制御

江川 達郎1, 後藤 勝正2, 林  達也1

1京都大学大学院人間 ・ 環境研究科 2豊橋創造大学大学院健康科学研究科

The regulation of skeletal muscle mass in response to glycative stress

Tatsuro Egawa1, Katsumasa Goto2, Tatsuya Hayashi1

1Graduate School of Human and Environmental Studies, Kyoto University 2Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University

 生体中では,タンパク質のアミノ基(NH2)とグルコースなど還元糖のカルボニル基(C=O)とで非酵素的な化学反応が起きている。この反応は「糖化」と呼ばれ,糖化修飾を受けたタンパク質は機能障害を生じるとともに,脱水,縮合,酸化などを繰り返して最終的にAGEs(advanced glycation end products)が生成する。これらの糖化反応に起因する生体ストレス(糖化ストレス)は,組織・細胞障害やタンパク質機能障害,細胞内シグナル伝達障害を誘発して身体機能を低下させる。とりわけ,加齢とともにタンパク質修復機能が低下するため,体内へのAGEs蓄積が進み,加齢性疾患(動脈硬化,糖尿病,アルツハイマー病など)の病態形成を促進する。骨格筋においては,疫学的横断研究によって,AGEsの蓄積と加齢に伴う筋機能(筋量,筋収縮力,歩行速度)の低下に関係性があることがわかっているが,因果関係は明確になっていない。そこで我々は実験的研究により,骨格筋量制御における糖化ストレスの影響について検討を進めている。本シンポジウムでは,以下の研究成果について紹介する。
 1) 糖化ストレスと細胞内シグナル伝達
 AGEsをC2C12骨格筋細胞に添加して5日間分化誘導したところ,筋菅形成が抑制された。逆相タンパク質アレイ解析により,筋細胞内のタンパク質リン酸化状態を解析したところ,AGEsによりリン酸化が促進したタンパク質リン酸化部位が8個,減少したタンパク質リン酸化部位が64個見つかった。AGEsにより最もリン酸化が促進したのはSTAT3 Tyr705であり,最も減少したのはERK Thr202/Tyr204であった。インスリン/インスリン様成長因子シグナルを構成する大部分のタンパク質のリン酸化状態は低下した。以上から,AGEsは骨格筋細胞内のシグナル伝達システムを障害する可能性が示唆される。
 2) 糖化ストレスと骨格筋形成
 ICRマウスを低AGEs食摂取群(Low-AGEs)と高AGEs食摂取群(High-AGEs)に分け16週間飼育し,筋重量を測定したところHigh-AGEs群の長指伸筋重量はLow-AGEs群に比べて低値を示した。ヒラメ筋重量は両群で差はなかった。筋収縮特性の指標として,筋力,筋持久力,筋張力を測定したところ,High-AGEs群ではLow-AGEs群に比べてそれぞれ低値を示した。両群の筋線維タイプ組成に差はなかった。以上から,AGEsは筋形成を妨げるとともに,筋収縮機能の低下をもたらすことが示唆される。
 3) 筋活動レベルと糖化ストレス応答
 我々の研究から糖化ストレスが骨格筋量を制御する因子であることが明らかになりつつある。筋活動レベルの変化は筋量や筋代謝特性に大きく影響を与えるが,糖化ストレス応答との関連性は不明である。現在,運動トレーニングや廃用性筋萎縮モデル動物を用いた検討を進めており,その一端について紹介する。