宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 20, 2018

教育講演

2. 今後に期待すること

清水  強

諏訪マタニティークリニック附属清水宇宙生理学研究所
福島県立医科大学(名誉教授)

A few remarks on the promotion of medical science experiments in the space environment

Tsuyoshi Shimizu

Shimizu Institute of Space Physiology Suwa Maternity Clinic Hospital
Fukushima Medical University(Professor Emeritus)

 温故知新の意味するところを改めて考えさせられる両氏の話を受けて,宇宙環境における生物実験の遂行に当って今後に期待することをとの会長の要望であるが,これを当学会への期待を語れとの意と勝手に解釈し,少々のわが経験も踏まえて日頃思うところを2, 3挙げてみたい。
 そもそも本学会の宇宙環境に関連する活動は何と言っても,宇宙における人間社会形成を念頭に置いて研究を進めることを基本とすべきであり,その為の生物実験としては動物実験就中哺乳動物での観察が欠かせない。無論生命科学の視点からはできる限り多種多様な生物での観察が必要であろう。しかし,本学会での関心の中心は飽く迄哺乳動物にあると言えよう。今後の研究推進発展を思う時,心すべきは宇宙という極めて特殊な条件下なるが故に体系立った研究計画を立てて,研究を進める必要があるということである。先ず従来の研究成果全体を整理し,今後探求すべき課題を列挙した上で,系統的に分担探索すべく計画を立てて,関心を共有する人々で各課題に取り組んで研究を分担推進することを望みたい。この際大事なことは,共同研究であってもその根源は個人の発想であることを忘れてはならず,個を尊重するという姿勢である。
 因に敢て具体的な課題に1,2触れてみると,人間社会形成という観点からは将来の宇宙環境においてのセクシュアリティについての研究と議論を重ねて行くことは必須のこととなろう。その要件としての継世代活動,生殖活動をどう考えて行くかは既に論じ始めるべきであろう。このことは演者らは十数年前に提唱したところである。また,研究方法についての考案工夫例えばテレメトリーの活用,動物の飼育装置の改善開発などは目前の課題であろう。さらに大事な課題として宇宙環境での疾病の想定とそれへの対策治療方法の開発工夫の問題がある。
 ところで,宇宙環境における生命科学の研究は運搬系としての飛翔体の進歩あって現実的となることであることを我々は忘れてはならない。宇宙生命科学,宇宙医学の研究に当ってはその研究方法,内容も飛翔体の変遷に制約を受けるが故に常にその進歩発展をより具体的に心得ておく必要がある。演者はたまたまスペースシャトルでのニューロラブ計画の実験の最中に日本のロケット開発の先駆者糸川英夫博士の最晩年に電話でお声を耳にする機会を得たが,まさに博士達の築いてきた石垣の上で己の今の実験ができるということを再認識したことであった。その時糸川博士は「歴史は重い」と感慨深げにおっしゃておられた。「ふるきをたずねあたらしきを知る」である。将来は生物実験専用の研究施設が地球近傍の宇宙環境に設けられることを期待したいものである。
 おわりに一言是非記しておきたいことがある。それは宇宙医学生命科学の研究は決して人間の争いのために利用されてはならないということである。このことは研究に携わる者は厳に心しておくべきである。わずかであるが戦争の匂いの未だ体に残る齢80を超えた老体の思うことは,遠くない過去に日本人は医学の悪用という苦い経験をしたことを忘れてはならないということである。演者の居た福島県立医科大学生理学第1講座の初代教授横山正松先生は「生体実験を拒否した生理学者」(末松恵子,日本歴史学雑誌54(3), 239-248, 2008)であった。研究者はこの横山教授の姿勢を範としたいものである。
 とりとめ無き言となったが,斯様なこと共はまさに本学会が率先取り組むことと期待するものである。