宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 18, 2018

研究奨励賞 表彰式・講演

頭部方向体液シフトと高二酸化炭素血症が脳循環自動調節能に与える影響

倉住 拓弥

日本大学医学部 社会医学系 衛生学分野

Dynamic cerebral autoregulation during the combination of mild hypercapnia and cephalad fluid shift

Takuya Kurazumi

Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine

 軽度の高二酸化炭素血症と頭部方向への体液シフトの組み合わせは,微小重力における宇宙滞在や頭低位で行われる腹腔鏡下手術等において認められる。両因子の組み合わせが脳循環調節に与える影響については不明な点が多く,なかでも短時間で生じる血圧変動と脳血流変動の関係を表す動的脳循環自動調節能への効果を検証した研究はない。そこで「軽度高二酸化炭素血症と頭部方向体液シフトの組み合わせが動的脳循環自動調節能を障害する」という仮説の下に検討した。
 成人健康男性15名を対象とし,吸入ガス[Placebo(空気)もしくは3%二酸化炭素(Carbon dioxide:CO2)]と体位[仰臥位(Supine)もしくは10度頭低位(Head-down tilt: HDT)]の組み合わせによる全4種類のプロトコール(Placebo/Supine, CO2/Supine, Placebo/HDT, CO2/HDT)を,日を替えて無作為に10分間施行した。連続血圧計を用いて橈骨動脈圧を,経頭蓋ドプラを用いて中大脳動脈血流速度を非侵襲的かつ連続的に測定した。1心拍ごとの平均血圧と平均脳血流速度の時系列波形を,超低周波数帯,低周波数帯,高周波数帯に周波数解析し,平均血圧を入力信号,平均脳血流速度を出力信号とし伝達関数解析した。血圧変動と脳血流変動の関係性は,相関性を表すcoherence,位相差を表すphase,伝達強度を表すgainを周波数帯ごとに算出し,動的脳循環自動調節能を評価した。低周波数帯において,CO2/HDTのphaseは他より有意に低く(p=0.039),Placebo/Supineと比較し25%低値を示した。CO2/HDTのgainは他より有意に高く(p=0.025),Placebo/Supineと比較し26%高値を示した。本結果から,CO2/HDTにおける血圧変動と脳血流変動の位相差の減少と,血圧変動から脳血流変動への伝達強度の増加が示された。つまり,軽度高二酸化炭素血症と頭部方向体液シフトの組み合わせは,血圧変動に対して脳血流変動が先行する位相特性を低下させ,さらに血圧変動に対して脳血流変動を抑制する制御機能を低下させると解釈でき,動的脳循環自動調節能が障害されることが示唆された。一方,それぞれ単独の因子(CO2/Supine, Placebo/HDT)は,各指標に有意差を認めず,動的脳循環自動調節能が維持されることが示唆された。
 本研究から,両因子の組み合わせが脳循環調節に影響を与えることが明らかとなり,頭部方向体液シフトが生じる環境において,高二酸化炭素血症を予防することが動的脳循環自動調節能の維持に有益であることが示唆された。本研究結果は,今後の宇宙飛行士の健康管理の向上や,急速に普及している腹腔鏡下手術やロボット支援手術などの医療技術の進歩に対する安全な医療の実施に重要な知見を示すと考えられる。
 本研究はJSPS科研費JP25514008及びJSPS科研費JP15H05939で行われ,米国航空宇宙医学会(Aerospace Medical Association:AsMA)の学会誌(Aerospace Medicine and Human Performance:AMHP)に掲載された(文献)。
 文献:Kurazumi T, Ogawa Y, Yanagida R, Morisaki H, Iwasaki K. Dynamic cerebral autoregulation during the combination of mild hypercapnia and cephalad fluid shift. Aerosp Med Hum Perform. 2017; 88(9):819-826.