宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 15, 2018

一般演題

9. 航空機内における急病人発生状況とその救急医療に関する検討

原  順子,塩崎 正嗣,大久保景子,大塚 泰史,松永 直樹,牧  信子

日本航空株式会社 人財本部 健康管理部 兼 運航本部 運航乗員健康管理部

The current status of inflight medical care

Yoriko Hara, Masatugu Shiozaki, Keiko Okubo, Yasushi Otsuka, Naoki Matsunaga, Nobuko Maki

Japan Airlines Co.Ltd
Medical Services Human Resources & Flight Crew Medical Services Flight Operations

【背景および目的】 すべての航空会社では,機内傷病の発生に備え様々な施策が講じられている。日本航空でも機内で発生する傷病への対応として,客室乗務員の訓練に加え,医薬品・医療器具の搭載およびその内容の改定・改善が図られてきた。1993年より航空機内にドクターキットを導入し,2001年よりAEDの搭載を開始した。また,地上からの医療支援システムも確立され,機内での医療が円滑に行える体制になりつつある。一方で,近年,渡航者数増加に伴い機内傷病発生数は増加し,また高齢化の影響や利用者に占める外国人の比率の増加により,機内傷病の特徴が変化している可能性がある。時代の変遷に伴って機内傷病の状況も変化しているならば,それらに見合った適切な対応が必要と考える。そこで今回我々は,航空機内における傷病発生の現状を明らかにし,その救急患者への対応につき再評価した。
【方法】 2016年度から2017年度までの2年間にJAL航空機内(国際線・国内線)で発生した急病人とそれに対する対応について,診療記録や乗務員報告書類等を用いて集計した。
【結果】 2年間の急病人発生数は,国際線807例(4.8人/10万旅客),国内線398例(0.7人/10万旅客)で,国際線で圧倒的に多くみられた。10万旅客あたりに換算するといずれも過去5年に比し減少していた。症状の内訳は意識障害(36%),消化器症状(16%),発熱(10%),呼吸困難(7%)で過去の報告とほぼ同等であった。全急病人のうち,医師が対応したのは29%で,医師以外の医療従事者も含めると医療従事者が対応したのは34%であった。ドクターコール件数/実施率は国際線246例/31%,国内線106例/27%で,ドクターコール応答率(医師のみ/医療従事者全体)は,国際線で68%/80%,国内線で61%/77%であった。現在機内には傷病の発生に対して,航空局の通達に基づいて選定した医薬品・医療器具としてドクターズキット・蘇生キット・AED,市販品を入れたメデイスンキットが全機に搭載されている。2年間の急病人に対する対処方法の内訳は,ドクターズキットは全症例の4.7%,医師対応例の17%,挿管キットは全症例の28%,メデイスンキットは全症例の18%で使用され,酸素投与は全症例の25%で行われた。AEDは42例(国際線31例,国内線11例)で使用され,除細動施行したのは4例であった。また21例に対しCPRが行われ,死亡例は7例であった。転帰に関しては,急病人のうち92%は目的地まで飛行継続していたが,便出発前降機や離陸前にターミナルへの引き返しは72例(6%),緊急着陸など飛行中の目的地変更は22例(1.8%)であった。
【結語】 航空機内における傷病発生の現状を明らかにした。2016年度から2017年度の2年間に発生した急病人は1,200件を超えており,その症状は,意識消失,消化器症状が多く全体の半分以上を占めていた。機内で発生した急病人の殆どが軽症だが,緊急着陸など目的地を変更したケースが2年間で22件,死亡したケースは7件発生していた。機内傷病発生への対策は充実しつつあり,さまざまな疾患や病態に効果的な対応が期待できるようになってきた。しかし,CPRが必要な重症例や死亡例などもみられ,今後は医師の援助体制や旅客自身まで幅広い検討が必要であると考えた。